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「作家」で映画を観るということ|アスガー・ファルハディ監督特集に寄せて(文/宇野維正) original image 16x9

「作家」で映画を観るということ|アスガー・ファルハディ監督特集に寄せて(文/宇野維正)

解説記事

2022.09.14

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ファルハディ監督作品を6作、スターチャンネルEXで特集配信いたします。うち3作は特別上映以来、残念ながら観られる環境が失われていた初期の貴重な作品です。この特集にあわせて、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんにファルハディ監督作のみどころを解説頂きました。※本記事は2022年に執筆された記事です

目次

配信の時代に追いやられてしまったもの

「監督別に並んだ棚」と「過去作のアーカイブ」。レンタルビデオやレンタルDVDの時代から配信の時代へと移行したことで失われてしまったもの、その筆頭に挙げられるのはその二つだろう。日々新たに配信される新作映画や新作テレビシリーズの膨大な物量、そしてテレビシリーズ全盛期(ピークTV)を経て底上げされた作品のクオリティ。配信プラットフォームが主流となったことで、視聴者がテレビの前で過ごす時間はますます「作家の作品」ではなく「話題作」に独占されつつある。また、視聴者が能動的に監督の名前で検索したとしても、「貸出中」がない代わりに、過去作が歯抜け状態でしか見つからないのも配信プラットフォームの常となっている。

 そこで最も割りを食ってしまっているのは、各配信プラットフォームのレコメンドや関連作のアルゴリズムにおいてもピックアップされにくい、非英語圏の映画作家の作品だ。今回、イラン映画界が誇るアスガー・ファルハディの過去作が6作品まとめてスターチャンネルEXで配信される運びとなったのは、そうした状況をふまえると快挙としか言いようがない。しかも、そのラインナップには(過去の特集上映以外では)日本初公開となる『砂塵にさまよう』(2003年)、『火祭り』(2004年)、『美しい都市』(2006年)の3作品まで入っているのだ。

現代における最も重要な監督のひとり、アスガー・ファルハディ

カンヌやベルリンといったヨーロッパの映画祭における数々の受賞だけでなく、「敵国」アメリカのアカデミー賞で2度も外国語映画賞(現在はアカデミー国際長編映画賞)を獲得したアスガー・ファルハディは、同時代のイラン映画界を代表する映画作家というだけでなく、冷戦終結以降の新しい世界秩序と分断が生まれつつある現代における最も重要な映画作家の一人と言えるだろう。

 イスラム社会固有の慣習や制度によって追い込まれた一人の青年が金策に走る姿を描いた長編デビュー作『砂塵にさまよう』を見て驚かされたのは、主人公の年齢設定こそ(監督の加齢とも比例して)異なるものの、その物語の骨格が今年日本公開されたばかりの最新作『英雄の証明』(2021年)とダイレクトに繋がっていることだ。また、『英雄の証明』におけるイランの司法制度への問いかけは、長編2作目の『火祭り』とも通じている。
『彼女が消えた浜辺』(2009年)で国際的評価を得て以降は海外資本が入るようになり、『ある過去の行方』(2013年)ではパリの郊外で生活するイラン系移民を取り上げるなど作品の地理的スケールとパースペクティブを広げてきたファルハディ作品だが、彼は一貫して現代イランにも根強く残る社会的抑圧と、それに対峙する個人の物語を描き続けてきた。ただし、そこで重要なのは登場人物の多くが単純に西欧的価値観を希求しているのではなく、逆にそれを拒絶するのでもなく、常にその間で揺れ動いているということだ。

 『彼女が消えた浜辺』や『別離』(2011年)で初めてファルハディ作品に触れた(自分も含む)多くの人は、現代のイラン社会で暮らす登場人物たちが、我々と同じような服を着て、当たり前のようにヨーロッパ製の新しい車に乗り、欧米の文化圏に住む人々と同じような悩みや葛藤を抱えて生活していることに気づかされたはずだ。ファルハディ作品の特徴の一つは、イラン社会において都市部に居住している比較的生活水準や教育水準の高い人々の生活を描くことで、過去のイラン映画の国外における受容につきまとってきたエキゾチシズムから解き放ったことにあった。そういう視点で言うと、初期3作品、『砂塵にさまよう』、『火祭り』、『美しい都市』の作品世界にはまだ濃厚にイラン固有のエスニシティが息づいている。
もっとも、ファルハディが国際的に重要な映画作家と目されるようになった最大の要因は、そうしたエスニシティに由来したものではなく、その極度に洗練された映画的な技法にあったはずだ。リズミカルなカット割り、アルフレッド・ヒッチコック作品を思わせる正統派のサスペンス演出、窓や扉や塀を象徴的に使った構図へのこだわり、そしてまるでロバート・ゼメキス作品のようなファックス機の中やポストの中といった意表をついたカメラのポジションなどなど。そうした才気の萌芽は、デビュー作『砂塵にさまよう』の時点でも伺えるが、初期作品ならではの荒削りの魅力を経て、3作目の『美しい都市』の時点でほぼ確立していたことがわかる。

「作家」で映画を観るということ

これまで一作の例外もないその圧倒的なストーリーテリングの巧みさに加えて、一貫したテーマやモチーフと、その映画的技法の成立過程。一人の映画作家のフィルモグラフィーをこうしてデビュー作から順番に追うことできるのは、映画好きにとって最高の贅沢であり、最高の喜びである。しかも、『砂塵にさまよう』の時点で30代になったばかりだったファルハディは、現在まだ50歳。映画作家としてこれからさらなる充実期を迎えることになるに違いない現在進行形の「名匠」だ。映画の見方に正解はないとはいえ、「作家で映画を見る」ということが視聴環境的に蔑ろにされがちな時代にあって、もしそのきっかけの一人がファルハディになるとしたら、映画の見方を豊かにするこれ以上の機会はなかなかないと断言したい。
文:宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)

特集作品一覧

『砂塵にさまよう』

ナザルはレイハネに一目ぼれし結婚するが、彼女の母親のある噂を聞いたナザルの両親に離婚させられてしまう。さらに、結婚当時に負った借金が払えず警察から追われるはめに。ついに職場にやって来た警察から逃げようと、とある車に忍び込むが、その車がたどり着いたのは砂漠だった。車の主は、危険だが金を稼げるという砂漠のヘビ捕りだったのだ。ナザルは借金と離婚の慰謝料のため自らもヘビを捕まえようと奮闘するが…。
『美しい都市』

16才の時に殺人の罪を犯して逮捕され、死刑判決を受けた少年アクバル。やがて、18才の誕生日を迎えた彼は嘆き悲しむ。イランの法律では18才にならないと死刑の執行ができないが、ついにその時がやってきたのだ。そんな折り、強盗罪で服役していたアクバルの親友アーラが出所し、アクバルが死刑に処されると知って驚く。死刑を回避するため、アーラはアクバルの姉フィルゼーと共に、被害者の父親を説得しようと奔走するが…。
『火祭り』

1年の最後の日。結婚を間近に控えるルーヒは、家政婦の仕事のためテヘランの高層マンションに暮らすある夫婦の元を訪れる。しかし夫婦の関係は険悪な様子。妻のモジュデは夫モルテーザの不倫を疑い苛立ちを隠せず、そんな妻の態度に夫は辟易としていた。ルーヒはモジュデの指金でモルテーザの浮気相手と疑う隣人が営む美容室に偵察に行くことになるが、美容師に親切にされモジュデの疑惑を晴らそうと考え…。

(c) All rights reserved
『彼女が消えた浜辺』

テヘラン近郊にあるカスピ海沿岸のリゾート地。セピデーと大学時代の友人たち3組の家族が、週末旅行でこの地を訪れる。その中にはセピデーに誘われ、たった一人で参加した若い女性エリがいた。セピデーは、離婚間もない友人アーマドに、エリを紹介しようとしていたのだ。ところが翌日、エリが忽然と姿を消す事態が発生。懸命の捜索が進む中、唯一面識のあったセピデーを含め、誰もエリの素性を知らなかったことが明らかになる。★ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞。

(c) All rights reserved
『誰もがそれを知っている』

妹の結婚式のためスペインへと帰省したラウラは、幼馴染や家族と久々の再会を喜んでいた。しかし、結婚パーティーを楽しんでいる最中、先に寝かせていた娘のイレーネが突如失踪。すると、家中を探し回るラウラの元に、娘を誘拐したというメールが届く。絶望のどん底に突き落とされたラウラと共に、周りの人々は犯人探しに奔走するが、その中で暴かれた真実により、幸せな家族が積み上げてきた日常は壊れていくのだった。

(c) 2018 MEMENTO FILMS PRODUCTION - MORENA FILMS SL - LUCKY RED - FRANCE 3 CINEMA - UNTITLED FILMS A.I.E.

※現在は配信を終了しています
『英雄の証明(2021)』

元看板職人のラヒムは借金を返せなかった罪で服役中。ある日、婚約者のファルコンデが偶然、金貨入りのバッグを拾う。ラヒムはそれを借金の返済に充てようとするが、全額返済には足りず、落とし主に返そうと思い直す。そんなささやかな善行がメディアで報じられ、“正直者の囚人”として一躍時の人となったラヒム。借金返済のための寄付金が殺到し、出所後の就職先も紹介してもらうなど、彼の運命は好転し始めたかに思われたが…。

(c)2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinema

※現在は配信を終了しています
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