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人を愛し愛される俳優を推す幸福|デヴィッド・テナントの魅力を解説(文/深緑野分)

解説記事

2023.12.20

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スターチャンネル配信中の作品にも多く出演中の人気俳優、デヴィッド・テナントの魅力を、彼の大ファンだという小説家の深緑野分先生(『ベルリンは晴れているか』、『空想の海』ほか)が解説。深緑先生がテナント氏にはまるきっかけとなった『グッド・オーメンズ』についても触れながら語っていただきました。ぜひご一読を!

目次

『グッド・オーメンズ』クロウリー役の衝撃

 まさか天使じゃなくて悪魔の方にはまるとは思っていなかった。ビジュアルではころころふくふくしている天使の方がパッと見では好もしかったし、悪魔の方はほとんど印象に残っていなかったからだ。
 2023年7月のシーズ2配信のタイミングで視聴するまで、私は『グッド・オーメンズ』を観ていなかった。やっと重い腰を上げて見はじめた時も、『アンダーワールド』のライカンのリーダー役が素敵だったマイケル・シーンがどんな風に天使を演じているのかに興味があった。けれどシーズン1の第2話まで見た私は別の方向に混乱していた。
 ちょっとこの悪魔かわいすぎない?
 丸いサングラスに柔らかそうな赤毛、長身痩躯をくねらせる気取った歩き方、黒ずくめで洒落た服装。元々私は美形の男性がちょっと苦手なので、ここまでめちゃくちゃキメキメにかっこつけていたら絶対無理なはずなのに、この悪魔は不思議と嫌じゃなかった。それどころかむしろかわいくて、目が離せない。
 え、なんだこれ。誰だこの俳優?デヴィッド・テナント。ごめん知らない……困惑しながら第3話を再生する。そして余計に目を見開く羽目になった。
 1941年ロンドン大空襲下、神聖な場所に入ると火傷してしまうにも関わらず、ついこの間ケンカしたはずの天使を救うため、アチアチと飛び跳ねながら教会に飛び込んできた悪魔。その滑稽な歩き方とセリフ、どうあっても間抜けな男にしか見えないのに、敵のナチスのスパイが油断した直後、空に向かってさっと指を挙げると、彼の言うとおりに爆撃機がやってくる。本物の強い悪魔。めちゃくちゃクレバーで、すさまじく魅力的なシークエンスだった。
 なんて底抜けにかわいくてかっこいい悪魔なんだろう。この瞬間、私はどんがらがっしゃんと盛大な音を立てて沼に落っこちた。『グッド・オーメンズ』の沼、悪魔クロウリーの沼、そしてデヴィッド・テナントの沼に。

巧みな演技派の国民的俳優

 『ドクター・フー』をご覧になっていた方には、「今更!」と鼻で笑われることだろう。すみません本当に全然知らなかったんです。まさか13代(14代を含めるか否か)も続くシリーズの中で、彼が演じた10代目が一番人気を誇っていたなんて。実はイギリスでは国民的俳優だなんて。
 悪魔クロウリーのあの特徴的な歩き方が、テナントさん自身のものなのかそれとも演技なのかもわからなかった。今なら演技だとわかります。すげえな、あんな風に歩き方まで変えられちゃうなんて。あまりに自然なので動画とか確認しちゃった。
 続けて観た『ブロードチャーチ』も素晴らしかった。私は元々無愛想で人の感情を考慮に入れられず嫌われやすい(でも正義感は人一倍強い)刑事キャラが大好きなので、テナントさん演じるアレック・ハーディ警部補がこれまたドツボだった。
 10代目ドクターもクロウリーもアレックも、同じ人が演じているとは思えないくらいに全然違う。視線の動かし方や手の動きなど大まかな演技はそう変わらないのだが、ハイテンションの10代目ドクターを見たクロウリーは「あれは俺じゃない」と顔をしかめるだろうし、ベントレーを飛ばすクロウリーを見たアレックは「おいあの暴走野郎を検挙だ!」と速攻逮捕に動きそうだ。魅力の火力調整も巧みで、NTL『善き人』のような朴訥としつつちょっと傲慢な「普通の人」を演じることもできる。

人を愛し、人から愛されるデヴィッド・テナント

 それに加えて『80日間世界一周』と『ステージド』シリーズである。
 『80日間世界一周』の主人公フォッグ氏は、いかにもイギリスの上流階級らしい男で、シャツのボタンも自分で外せない。貴族の御曹司が通うパブリック・スクールのクラブから紳士の社交クラブへ移っただけの世間知らず、悪いやつではないが気弱で高慢ちきで、世界一周という革新的な夢を抱きながら保守的な偏見もある。そういう男の役を演じるテナントさんが、これまた絶妙に巧い。クロウリーや10代目ドクターのような世界を虜にするチャームは抑え、頼りないスノッブ野郎に徹している。ひょろひょろの体つきや、運動神経の鈍そうな感じも似合う。
 第1話はややスローテンポだが、第2話は手に汗を握る展開でとても面白かった。誰もが――彼の付き人となるパスパルトゥーも記者のフィックスもが、フォッグ氏を情けなくてだめな男だと思っている。実現不可能な偉業を達成することなど絶対に不可能だと。けれど2話を観て気づく。人が実力を発揮できるかは、信頼されたことがあるかどうかなのだと。疑われ続けると人は自己評価が低くなり、あったはずの勇気は萎み、実力も発揮できない。でももし信じてもらえたら。もしあなたが私を信じてくれたら。フォッグという男の、情けなくて傲慢でひとりでは何もできないぼんぼんの瞳に、光が瞬く。
 そういう演技もできちゃうんだなーデヴィッド・テナント……恐ろしい役者ですよ。世界各地を巡る中で、しっかりネイティブスピーカーの俳優をキャスティングしているところも素晴らしい。俳優の知名度以上に、ネイティブであることを優先してくれる撮影現場は、今なお少ない。当たり前のようでいてなかなかできていないことだと思う。
 家族ぐるみの付き合いであるマイケル・シーンとのフェイクドキュメンタリーコメディー『ステージド』シリーズも笑った。ふたりの自宅や家族がもろに出てくるのは、新型コロナ禍にあってZoomでリモート会議が全然うまくいかない状況を逆手に取った素晴らしいコメディーだと思う。
 テナントさんは12歳ほど若い女優と結婚していて、はじめに知った時はちょっとウッとなってしまったが、実は猛烈な押せ押せアタックをしていたのはお相手ジョージアさん(当時すでにタイくんがいた20代シングルマザーの方)で、テナントさん本人はしばらく気づかなかったという天然ぶりを発揮、最終的にジョージアさんの粘り勝ちで結婚したそうで、ちょっとほっこりしてしまった(タイくんとテナントさんは『80日間世界一周』で初共演。『グッド・オーメンズ2』にも出演している。『ステージド』シリーズにはジョージアさんも加わり、3人で出演した)。5人の子どもたちともとても仲が良く、ジョージアさんのインスタグラムにはしょっちゅう、子どもたちと戯れるテナントさんが無防備に写っている。末っ子に髪をたくさんのリボンで飾られたり、トランポリンで飛び跳ねる子どもたちに巻き込まれたり、手遊び歌を歌いながら服を着替えさせたり、ジョージアさんとデートしたり。とりわけ、娘さんふたりに抱きつかれたテナントさんに、飼い犬氏が便乗して楽しそうに抱きついているのを見た時は、その素朴な幸福さに涙が出そうになってしまった。
 なんか……すごいなデヴィッド・テナント。人を愛し、人から愛されている人を眺めていると、こっちもちょっと元気になってくる。
 しわが増え、ちょっとグレイヘアになってきているところも素敵だなと思う。美形かどうかなんかどうでもよくなり、ただ彼の魅力をこれから先も楽しみたい。そんな俳優に出会えたことがとても幸福である。

デヴィッド・テナント出演作品

AROUND THE WORLD IN 80 DAYS
80日間世界一周


1872年10月のとある日、ロンドンの資産家フィリアス・フォッグが所属する紳士社交クラブ「改革クラブ」で、80日間で世界一周することが理論的に可能になったという新聞記事が話題になる。自分が“臆病者”ではないことを証明するため、フォッグは自ら実行してみせると豪語し、2万ポンドの大金を賭け、従者パスパルトゥーと共に出発する。妙な成り行きから、女性ジャーナリストのアビゲイルが同行することになり、3人の一行はドーバー海峡を渡って一路パリへ。果たしてフォッグたちは80日後のクリスマスイブまでにロンドンに戻ることができるのか―?!

(c) Slim 80 Days / Federation Entertainment / Peu Communications / ZDF / Be-FILMS / RTBF (Television belge)- 2021
STAGED
ステージド 俺たちの舞台、ステイホーム!


コロナ禍でロックダウン(都市封鎖)に見舞われたロンドン。予定されていた舞台劇が延期を余儀なくされるという憂き目にあった2人の主役俳優デヴィッドとマイケル。ところが、ステイホーム中の彼らに、演出家サイモンからの指令が下る。「舞台を止めるな!」。急遽、オンラインでリハーサルを敢行することになった2人だが、何もかもが手さぐり。思わぬハプニングの連続に、知恵を絞ったり、喧嘩したり、やる気を出したり、くじけたり、挙句の果てには裏切りも⁉ 果たして彼らに明るい未来は訪れるのか―!

(c) Staged Films Limited MMXX
LITVINENKO
リトビネンコ暗殺


2006年11月1日、ロンドン。ロシアからの亡命者、アレクサンドル・リトビネンコ(デヴィッド・テナント)はイギリス国籍を取得したことを妻マリーナ(マルガリータ・レヴィエヴァ)と息子アナトーリ(テミーラン・ブラエヴ)とともに喜んだのもつかの間、吐血する。病院で彼は「暗殺者に毒を盛られた」と主張。そして死の床でロンドン警視庁のブレント・ハイアット警部補(ニール・マスケル)らに自分が元FSB(ロシア連邦保安局)職員であることを明かし、「暗殺を指示したのはウラジーミル・プーチンだ」と訴え死亡する。死後、リトビネンコの体内からは猛毒の放射性物質“ポロニウム210”が検出される。誰がリトビネンコを暗殺したのかー。真実を知るためにマリーナとロンドン警視庁の苦難の戦いが始まるー。

(C) ITV Studios Limited All rights reserved.
文/深緑野分(ふかみどり のわき)
1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。13年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。著書に『戦場のコックたち』『分かれ道ノストラダムス』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』『カミサマはそういない』『スタッフロール』『空想の海』。
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