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イギリス黒人の知られざる歴史――『スモール・アックス』解説(文/杏レラト)

解説記事

2022.03.29

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スティーヴ・マックイーン監督による、5本の映画で構成されたアンソロジー・シリーズ『スモール・アックス』について、黒人映画歴史家の杏レラトさんに解説頂きました。これまであまり描かれてこなかった、イギリス黒人たちの歴史を紐解きます。

目次

表に出てこなかったイギリス黒人の歴史

 イギリスにはいわゆる黒人が多く存在している。どこから連れてこられたのか分からず自分のルーツを知らないアフリカ系アメリカ人とは違い、イギリス黒人のルーツは分かっている人が比較的に多く、アフリカだけでなくカリブ海からの移民も多いので、今回は便宜上「黒人」という言葉を使用していく。そして彼らの活躍は、今や世界的だ。映画界から『ビースト・オブ・ノー・ネーション』(15年)のイドリス・エルバ、『それでも夜は明ける』(13年)のキウェテル・イジョフォー、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15年)のジョン・ボイエガ、『ブラックパンサー』(18年)のレティーシャ・ライト、『ムーンライト』(16年)のナオミ・ハリス、サッカー選手のラヒーム・スターリング、ブカヨ・サカ、F1のルイス・ハミルトンなどが世界的に活躍しており、誰か一人くらいは日本にいても知っているであろう。だが、彼らのルーツとなる歴史は知られていない。日本で黒人の歴史といえばアメリカ黒人の歴史ばかりだし、本国イギリスでも学校で教える黒人の歴史は、奴隷貿易とアメリカの公民権運動ばかりだそうだ。彼らにも同じように抵抗し闘った歴史があり、そこには故郷の根強いルーツを感じる豊かな文化、そして闘う上で最も大切な知性と勇気があった。ただ、それらは表になかなか出てこなかっただけである。そこで立ちあがったのが、『それでも夜は明ける』にてイギリス出身の黒人として初のアカデミー作品賞を受賞したスティーヴ・マックイーン監督。今回、5つの物語を集めたアンソロジーという形で、イギリス黒人たちの歴史の紐を解いていく。

マングローブ

『スモール・アックス』/第1話『マングローブ』

『スモール・アックス』/第1話『マングローブ』

 このアンソロジーの面白さは、実話ベースとフィクションの両方の物語があることだ。第1話目となる『マングローブ』は、実話ベースである。話の概要は別ページにあるので、そちらで参照してほしい。本作を見た人の多くが『シカゴ7裁判』(20年)という作品を思い出すだろう。しかも両者が同じ1968年にアメリカとイギリスで起きているのも面白い。それだけでなく、本作のアルシア(レティーシャ・ライト)と同じブラックパンサー党員である『シカゴ7裁判』のボビー・シール(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン二世)が色々な理由から「自己弁護」していたが、本作も自己弁護で長い歴史のあるイギリス法廷に挑んでいく者たちが登場する。アメリカの法廷でも、皮膚の色による罪の重さの違いが問題となっているが、イギリスでもそれは変わらないことを知った。ちなみにレティーシャ・ライトは本作の出演を打診された時、この“マングローブ9”のことを知らなかったそうだ。本作の最後に年配男性がフランクに言う言葉が、胸を締め付ける。実際にそうなった。だが、正義は勝つことを示してくれる希望に満ちた物語である。

ラヴァーズ・ロック

『スモール・アックス』/第2話『ラヴァーズ・ロック』

『スモール・アックス』/第2話『ラヴァーズ・ロック』

 タイトルの『ラヴァーズ・ロック』と聞いて、ピンと来た方には絶対に見てほしい作品だ。「ラヴァーズ・ロック」とは、70年代にロンドンで流行した甘いサウンドのレゲエである。こちらはフィクションであるが、第4話の『アレックス・ウィートル』は実話で、そこに登場する「ニュー・クロス火災事件」の被害者たちを感じることが出来るのが本作である。カリブ海やアフリカからやってきた人々が、イギリスで差別に喘ぎながら踏ん張ったのは、こういうハウスパーティという心の拠り所があったからだろう。マックイーン監督は、長回し(カットせずに撮り続ける)を多用するが、本作では彼らの高揚感や緊張感、そして怒りなどの感情が長回しによって明白に露わになっており、彼らが愛する故郷を感じる。本作でデビューしたマーサ役のアマラ=ジェイ・セント・オービン、フランク役のマイケル・ウォードは話題作『ブルー・ストーリー』(19年)やラッパーのドレイクが製作終了を嘆き、自ら製作総指揮に名乗り出たテレビシリーズ『トップボーイ』(11年~現在)に出演し、英国アカデミーのライジングスター賞を獲得しており、期待の若手が出演している。

レッド、ホワイト&ブルー

『スモール・アックス』/第3話『レッド、ホワイト&ブルー』

『スモール・アックス』/第3話『レッド、ホワイト&ブルー』

 2020年5月、アメリカのミネアポリスでジョージ・フロイドが警官の過度な暴力の末に亡くなった事件で、遠く離れたイギリスのロンドンでいち早く声を挙げたのが、ジョン・ボイエガだった。そのボイエガが主演なのが第3話目の『レッド、ホワイト&ブルー』だ。ボイエガが演じたリロイ・ローガンは実在する人物で、「全国黒人警察官協会」を設立した警察官である。ボイエガは、抗議集会で拡声器を手にこう話している。「この国に生まれ、ずっと住んできて、28歳になる。すべての黒人は、最初に他人に黒人だと気づかされた時のことを確実に覚えている。ここにいる黒人すべてそうだろう」。つまり、黒人だというだけで、嫌な経験をしてきたので覚えているということだ。そんな風に語っていたボイエガが演じた人種差別に悩む演技に、とても熱がこもっているのが見所だ。そしてその演技が認められ、アメリカのゴールデン・グローブ賞を受賞している。

アレックス・ウィートル

『スモール・アックス』/第4話『アレックス・ウィートル』

『スモール・アックス』/第4話『アレックス・ウィートル』

 先述したように、第4話目『アレックス・ウィートル』は実話で、主人公の名前がタイトルとなっている。マックイーン監督は、ドキュメンタリーシリーズ『Uprising』(21年/日本未公開)で、ニュー・クロス火災事件の詳細を追っており、ウィートル本人が火災事件やその後について話している。本作を見て思い出したのが、マックイーン監督の『HUNGER/ハンガー』(08年)とスパイク・リーの『マルコムX』(92年)だ。そして第1話目『マングローブ』でも、ダーカス・ハウ(マラカイ・カービー)の愛読書として出てきていたが、ここでもC・L・R・ジェームズの「ブラック・ジャコバン―トゥサン=ルヴェルチュールとハイチ革命」という本が出てくる。ハイチを自由黒人の共和国へと導いたハイチ革命と、率いた革命家トゥサン=ルヴェルチュールについて書かれた歴史書である。本作は、意欲を高めるセリフが多く、勇気づけられる。

エデュケーション

『スモール・アックス』/第5話『エデュケーション』

『スモール・アックス』/第5話『エデュケーション』

 第5話『エデュケーション』は、カリブ系の人々が幼い頃から直面するであろう学校内での偏見を描いている。主役キングズリー(ケニヤ・サンディ)はフィクションの人物だが、マックイーン監督は以前のインタビューで、「学校では偏見で将来は力仕事に従事する勉強をさせられた。ディスレクシア(識字障害)と弱視で、誤解され無視されていた。後に来た校長が制度的人種差別があったと認めたくらいだ」と、語っているので、自分の経験を反映したものと思われる。そして、劇中のように黒人生徒を特別支援学校に転校させ追いやるという隔離政策は実際にあったし、物語で重要となるバーナード・コードの小冊子は実在する。マックイーン監督自身の成功が全てを物語っており、少年の笑顔は希望に満ち溢れている感動作である。

バラバラなようで繋がっている5本の物語

 こういった全5話であり、すべての物語は一見バラバラのようだが、つながっているように感じる。直接的に描いた『ラヴァーズ・ロック』だけではなく5話を通じて、レゲエがイギリスのカリブ系の魂となったかが分かるし、警察にある人種差別の構造がなぜ複雑かも理解できた。そして、イギリスに存在する人種差別問題の歴史が長いことも知った。今回は、カリブ系の話でまとめられているが、本作に出演したジョン・ボイエガなどはアフリカ系なので、スティーヴ・マックイーン監督が語りたい・語るべき物語は、恐らくまだまだ存在するであろう。このアンソロジーを見れば興味がわき、その物語を知りたいと切に願う。
『スモール・アックス』
原題:SMALL AXE

(c)McQueen Limited
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