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社会現象化したアイルランド発のドラマ『ノーマル・ピープル』解説(文/山崎まどか)

解説記事

2023.06.23

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サリー・ルーニーの同名小説を原作にしたドラマ『ノーマル・ピープル』について、小説版の翻訳もご担当された山崎まどかさん(翻訳家・コラムニスト)に、小説との違いや、ドラマ版ならではの魅力について解説いただきました。ぜひドラマとあわせ、本稿もお楽しみください。

 ドラマ「ノーマル・ピープル」はアイルランドの作家、サリー・ルーニーの小説を原作としている。2017年に初の著作「カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ」で鮮烈なデビューを飾った時、ルーニーはまだ26歳。その翌年に第二長編の「ノーマル・ピープル」が発売されるとベストセラーとなり、すぐにBBC制作でドラマ化が決定した。ブリー・ラーソンがアカデミー賞主演女優賞を獲得したことでも知られる映画「ルーム」の監督レニー・アブラハムソンがプロデュースと主な回の監督を担当し、フローレンス・ピューの主演作「レディ・マクベス」(2016)や「聖なる証」(2022)の脚本家アリス・バーチと共に、サリー・ルーニー本人が脚本を手がけている。
 主演に抜擢されたデイジー・エドガー=ジョーンズとポール・メスカルはこの作品で大ブレイク。今は映画界を席巻中だ。ドラマのヒットが相乗効果を生んで更に書籍の方が売れ、「ノーマル・ピープル」は単なる小説/ドラマを超えた社会現象となった。
 「ノーマル・ピープル」はあらすじだけを紹介すると、それこそ“普通の”恋愛ドラマのように思われるかもしれない。主人公はアイルランド西部の小さな町に暮らすマリアンとコネルという若い男女。高校から大学までの四年間の歳月で移り変わっていく二人の関係性を追って物語は進む。人気者のコネルと同級生たちから嫌われているマリアン。二人の付き合いは当初、周囲には秘密にされている。自分を取り巻く世界のヒエラルキーや同調圧力に敏感なコネルはマリアンにひどいことをして、二人の絆は一旦途切れてしまう。しかし、アイルランド随一の名門大学トリニティ・カレッジで再会した時、その関係は逆転していた。
 狭い世界での人目を気にする高校における“身分違いの恋”は思春期を題材とした物語の定番だ。サリー・ルーニーの小説はそこに、様々なパワー・バランスの問題を組み込んでいる。例えば、いい大学に進学しても覆せない社会格差。コネルが無鉄砲に見えるマリアンに惹かれるのは、自分が常に労働者階級であることを意識し、そのコミュニティへの所属意識とエリート層へのコンプレックスにいつも引き裂かれているからだ。高校でも大学でも彼は自分のアイデンティティに疑問を持ち、リラックスして自分自身でいることができない。彼は必死の努力を重ねて“ノーマルな”人間になろうとしている。
 一方、恵まれて見えるマリアンは「どうしたら(普通に人々に愛される)ノーマルな人間になれるのか」悩んでいる。学校や家庭、社会からの軋轢に苦しむマリアンとコネルにとってお互いは自然な自分でいられる唯一の居場所なのだ。それにもかかわらず、二人の関係性は常に不均等だ。そのつもりはないのに、恋愛における主導権の推移によってマリアンとコネルは互いを傷つけてしまう。
 小説は主に現在形で描かれて、「今/ここ」にしかない二人の切迫感を表現していた。サリー・ルーニーの小説は心理描写が巧みだ。シンプルな言葉で揺れ動く繊細な二人の心の動きを細かく描いている。一方、ドラマ版はナレーションも独白もなく、劇伴の音楽も控えめでマリアンとコネルという若い男女をただ外側から見える形で捉えている。
 小説版だと二人のすれ違いの原因が内面描写で説明されているが、ドラマは寡黙な二人の表情から全てを読み取る他ない。マリアンとコネルがそれぞれに感じている神秘的な側面や不可解な行動がそのまま画面に映し出されている。視聴者は劇中の二人と同じように、コネルの微妙な表情から、そしてマリアンの強い眼差しから気持ちを推し量る。二人は相手の気持ちが分からない。そしてお互いの姿が見えないところで相手を思って涙を流す。見ているだけでこちらの胸も張り裂けそうだ。
 この思い切った「省略」とも言える作劇は、原作者が手がけた脚本だからこそ。ジョン・アーヴィングが自身の「サイダーハウス・ルール」映画化で脚本を担当した時、重要なプロットをバッサリ切ったことを思い出させる。
 様々な解釈を許すこの「間」に、透明な炎のように情熱や切なさが揺れ動くのが見える。デイジー・エドガー=ジョーンズとポール・メスカルの演技とケミストリー、それを空気感として見せる撮影が素晴らしい。(原作ではただ“サッカー”と記されていたコネルの部活がアイルランド発祥の団体球技ゲーリックフットボールに変更されているなど、よりアイルランド的な雰囲気を楽しめるようにもなっている)
 小説とドラマ版、双方の共通する魅力としてベッドシーンがある。サリー・ルーニーの小説の読みどころの一つは、肉体的な触れ合いの描写だ。簡潔な言葉で綴られたセックスに、清潔な官能が漂う。周囲を気にし、言葉のやり取りでは誤解を招きがちなコネルとマリアンが真に親密でいられるのはベッドの中なので、ドラマでも必然的にヌードのシーンが増えるが、覗き見的な視線は皆無だ。優しく、プライベートを感じさせる触れ合いの場面に新しいセクシーさがある。これはインティマシー・コーディネーターのイータ・オブライエンと監督、キャスト、そしてサリー・ルーニーのコラボレーションの結果である。ナン・ゴールディンの写真を意識したという構図と色調、ライティングも美しい。
 若い男女の恋愛と成長という普遍的=ノーマルな題材に新しさが潜む。ドラマ「ノーマル・ピープル」が“普通=ノーマル”ではない所以である。
『ノーマル・ピープル』
原題:NORMAL PEOPLE
ドラマ公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/normalpeople/sid=1/p=t/
視聴ページ(Amazon Prime Video チャンネル):https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0BZMC4CV7
(c) EP Normal People Limited MMXIX
(c) Element Pictures/Enda Bowe
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