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【#4】WE ARE WHO WE ARE RADIO |宇野維正/ゲスト:辛酸なめ子

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2021.11.24

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映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんをホストに、ルカ・グァダニーノ監督にとってテレビドラマ初挑戦となる『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』の魅力を語る「WE ARE WHO WE ARE RADIO」。第4回のゲストは漫画家、コラムニストの辛酸なめ子氏。辛酸さんならではの目線も交え、本作の魅力を語ります。本記事では、ポッドキャストで語られた内容の一部を文字起こしでお届けします。

目次

『君の名前で僕を呼んで』と『僕らのままで』の接点と共通項

宇野「辛酸さんとはティモシー・シャラメ主演の青春映画『ホット・サマー・ナイツ』のトークイベントでご一緒させていただいて以来ですね」

辛酸「はい。そういえば昔、『僕らのままで』のフレイザー役の子がティモシーの少年時代を演じた映画がありましたね」

宇野「ティモシーがヤク中になってしまう『ビューティフル・ボーイ』ですね」

辛酸「お父さんがいろいろ悩んで大変な映画でしたね」

宇野「そうそう。あの作品で主人公が12歳の時代を、フレイザー役のジャック・ディラン・グレイザーが演じていました。『僕らのままで』のフレイザーはティモシーが『君の名前で僕を呼んで』で演じた役ともかなり近い感じがありますが、それをふまえると見た目も含めてルカ・グァダニーノの好みなんでしょうね」

辛酸「ティモシーが『ビューティフル・ボーイ』など他の作品に出ていた時と同じく、フレイザー君も半裸で体育座りしていたり、女性としては心をつかまれました。少年に体育座りさせるのはグァダニーノの好きな演出なのかな?」

宇野「確かにグァダニーノは体育座りフェチですね。あと衝撃的だったのが第4話のパーティで、フレイザーではない男の子が大股開きで歩いて横チンが見えるシーンがあったんですよ!」

辛酸「え、全然ちゃんと見てなかった」

宇野「たぶん偶然撮れたんだと思うけど、それを使うところにグァダニーノの嗜好が感じられるような」

辛酸「全裸とかだけじゃなく、チラ見という形でも?」

宇野「『僕らのままで』は、映画やテレビシリーズで見たことのないものをたくさん見ることができましたが、横チンもその一つでした」

辛酸「第4話ですね。もう1回見直してみます」

宇野「はい(笑)」

基地という別世界で青春ドラマを繰り広げる新感覚

宇野「今回はドラマの最終話が配信されるタイミングなので、ネタバレ全開でOKです。最後までご覧になってどんな印象でしたか?」

辛酸「私はアメリカの青春ドラマや映画が好きなのですが、『キャリー』に始まり『ミーン・ガールズ』に『ゴシップガール』だったり、すでにいろんな設定が出てしまってますよね。その中で『僕らのままで』は、イタリア米軍基地の中というシチュエーションや、LGBTQ、中でもクエスチョニングの描き方も含めて新しい作品だなと思いました」

宇野「監督がイタリア人でロケーションもイタリアだけど、アメリカン・ティーンドラマのオルタナテイブみたいな感じということ?」

辛酸「そうですね。しかも今までのドラマって『ゴシップガール』みたいにキラキラ系の人がストーリーを引っ張ってましたが、『僕らのままで』のキャラクターはそこまでキラキラしてないし、フレイザー君も最初は陰キャなのかなという印象でした。星占いの話をしたり、母親のことを魔女と言い出したり、図書館で『俺はヤバイ奴だ』とつぶやいたり」

宇野「ウィリアム・バロウズの『ワイルド・ボーイズ』を借りたりしてね」

辛酸「そうした日本で言う中二病を体現したキャラクター像が面白かったです」

宇野「まさにフレイザーは中二ぐらいの年齢設定ですから」

辛酸「見た目は全然14歳に見えないけど。あと、米軍基地の中ってどんな人間ドラマが繰り広げられているんだろう?と今まで気になっていました。基地のオープンデイや六本木の大使館宿舎のイベントに参加したことがあるけど、いつも肉
焼いてるイメージなんです。日焼けしたマッチョな人たちがバーベキューしまくり、大味なハンバーガーを売っていて。何年か前に行った時、フリーメイソンの人が肉を焼いてました」

宇野「ええ、なんでフリーメイソンって分かるの?(笑)」

辛酸「Tシャツに書いてあるんですよ(笑)。指輪にも書いていて全然隠してませんでした。あと、タトゥーを見せてくれたり。そうやって自分の周りとはかけ離れた人たちの世界だと思っていたけど、実は『僕らのままで』のように子どもの世代は感受性が豊かで、青春ドラマを基地内で繰り広げているのかなと想像しました」

宇野「この作品は、グァダニーノも脚本家も設定を活かして想像で作っている部分は多いんだろうけど。僕も数年前、クリスマスにアッシャーが横田基地へ来日してライブした時に行こうとしたことがあって」

辛酸「アッシャーが飛行機で直接?」

宇野「そうそう。飛行機で直接基地に入れるから、横田基地とかたぶん沖縄の基地も、ベトナム戦争の時にジェームス・ブラウンが現地の米軍施設で慰問ツアーをしたみたいに大物アーティストがやって来てライブをやることがあるんですよ。基地の外部の人も伝手とコネがあれば見れるんでしょうけど、アーティストは税関を通ってないから、日本にいても基地の外では公演できない」

辛酸「チケットも一般販売されないということですね」

宇野「はい。まさに日本の中にアメリカがあり、『僕らのままで』だとイタリアの中にアメリカがあるという。地位協定ってすごいよね」

辛酸「イタリアの中にアメリカを作りということですからね。イタリアに米軍基地があるのも今回初めて知りました。でも、フレイザーは『みんな箱の中に入ったネズミみたいだ』って言ってましたね」

女子校/男子校生活から得られる『僕らのままで』への共感

宇野「フレイザーの母親を演じたクロエ・セヴィニーは、我々の世代にとっては“イットガール”のアイコンでしたよね」

辛酸「そうですね。途中まで『クロエに似てる人がいるけど、違うだろうな』と思いながら見ていたけど(笑)、ネットで情報を見たらクロエだと分かって驚きました。あの母親、カッコよかったですよね。“イットガール”から“イットミドル”になってカリスマ性が健在でした」

宇野「はい。2017年の映画でアンドリュー・ヘイ監督の『荒野にて』っていう傑作があるんですけど、そこでも少年と接する役を演じていて、その時に『クロエって今はこんなにカッコいい大人の女性になってるんだ』と気づきました。でも僕も今回のドラマで『あれ、これクロエ?』と思いましたよ。体も軍人っぽさを出すために鍛えたのか、がっちりしていたから」

辛酸「雰囲気がありましたよね」

宇野「ウィノナ・ライダーも昔はティーンのドラマに出ていたけど、『ストレンジャー・シングス』で久々に母親役として出てきて、いい女優になって新しいキャリアを歩んでいる感じだったでしょ? それに近い再会感がありました」

辛酸「そこまでオバサンぽくないのも同世代としては嬉しいですね」

宇野「我々は親の世代と同世代なんですよね。ところで、僕も辛酸さんもお互い中高は男子校・女子校に通ってたので、フレイザーみたいに放課後に男女交えてみんなでプラプラ遊びに行くなんて青春とは無縁でしたよね?」

辛酸「無縁でした(笑)。でも、先輩を好きになっちゃうとか、多感な時期ならではの揺らぎや恋愛の予行演習みたいなことはやってました。だから『僕らのままで』を見ていて分かるところはありましたよ。ケイトリンみたいなボーイッシュな子がいて、一人称が“俺”だったり」

宇野「辛酸さんも上級生や同級生に憧れたことがありました?」

辛酸「はい。ほぼみんなあったと思いますよ。男子校だとそこまでオープンなことはないかもしれないけど」

宇野「今は分からないけど、80年代に自分が通っていた男子校ではまずなかったですね。学校によるのかもしれないけど」

辛酸「でもフレイザーみたいなカッコよくて雰囲気のある子がいたら、好きになったかもしれない?」

宇野「いや、なかった気がする。僕にそういう感覚がなさすぎるのかもしれない。ただ、誰と誰が付き合ってるとか、誰が好きという話も一切聞いたことがない。今はちょっと違ってると思うけど、僕の世代だと大学に入ってからいきなり身の回りでそういう話を聞いて『なるほど』と思ったな。そういう意味で典型的なホモソーシャル空間だったし、生まれ変わったら絶対男子校なんか行きたくない(笑)」

辛酸「そうですか(笑)。私は女子校は楽しかったですよ。一人の女の子を巡って誰かが泣いたりビンタをしたという話が入ってきたり、いろんなドラマがありました」

宇野「そういうの、まったくなかったな。でも今は違うんだろうな。最近の男子校は昔と違うって話も聞くから」

辛酸「私がこの前Clubhouseで話した男子校出身の人は、昼休みに男子が男子の膝の上に乗ってお弁当を食べたりという萌えシーンを語ってました」

宇野「それは何のテーマのClubhouseだったんですか?」

辛酸「男子校と女子校の人で語り合おう、みたいなテーマでした。そんなに人数は多くなかったけど」

宇野「へえ」

辛酸「フレイザーがいろんな人を好きになりかけるけど成就しない、というのも胸に迫るものがあり切なかったです。彼が惹かれるイケメン兵士って『君の名前で僕を呼んで』みたいに年齢差があるじゃないですか。この監督なら両想いになっちゃうんじゃないかな、と期待して見続けていたら、まさかの彼女の登場で一番ショッキングな展開でした。あのシーンは心が痛かったですね」

宇野「でもフレイザーはあの年齢にしてはちゃんと受け止めていましたよね」

辛酸「そうですね。ちょっと荒れたりしてたけど、ちゃんと受け入れてる感じはしましたね」

タイのBLドラマと『僕らのままで』から感じたラブシーンの理想的な“境界線”

辛酸「実は私、昨年ぐらいからタイのBLドラマにハマってるんですよ」

宇野「僕は追ってないけど、最近タイでそういうドラマが増えてるそうですね」

辛酸「『2gether』っていう珠玉のイケメン2人のドラマが大ヒットして、音楽が重要な要素となっているところが『僕らのままで』と共通しています」

宇野「タイのポップミュージック?」

辛酸「“タイのミスチル”と呼ばれるスクラブというバンドが、主人公2人の男子の感情を表しているんです」

宇野「“タイのミスチル”って日本で言ってるだけでしょ(笑)。国民的バンドということでしょうけど」

辛酸「ネオアコみたいな優しい感じのロックです。サラワットとタインという2人の男子が仲良くなって同棲するんですが、その部屋に『君の名前で僕を呼んで』のポスターが貼ってあるんですよ」

宇野「なるほど、完全に影響下にあるということか」

辛酸「そうです。『君の名前で僕を呼んで』は本当に象徴的な作品なんだなと思いました」

宇野「BLドラマってフィリピンにもあるんでしょ?」

辛酸「はい。カンボジアもあったかもしれない。アジアに良いBLがどんどん出てきて盛り上がってるんですよ。タイのBLって、2人が両想いになり安心して見ていると、最終回近くになって急に元カノとかの女性が乱入してきて、2人の関係が壊れそうになるという、一度落とされるような展開があるんです。このドラマもそういう女性が出てきたことでショックを与えられ、また仲良くなるのかなと想像してたらそこまで至らないという」

宇野「東南アジアのBLドラマは作品的にも洗練されてるんですか?」

辛酸「洗練されてる作品と脱力系の作品があり、どちらにせよ面白いです。急にスポンサーの商品が出てきたりして」

宇野「韓国ドラマもわりとそういうのがありますよね」

辛酸「凝ってる作品がけっこうありますよ。男性同士でもキスやハグくらいまでで、あとは匂わせる程度。『僕らのままで』を見ていて、やっぱりそれぐらいがいいのかなと思いました。別にその先が見たいわけではないしいし。アメリカの青春ドラマだと車の中で性行為したりなんてことがあるけど、今の時代はすぐコトに及ばなくても、それでもカタルシスを得られる時代になってるのかな」

宇野「そもそも男女であっても、ラブシーンというかベッドシーンって必要か?って僕はずっと思ってます」

辛酸「そうですよね。ちょっと男性の監督の意向を感じます」

宇野「日本だとそういうシーンの明確な理由が2つあるんです。まず1つは、時代遅れだけど、女優の体当たり演技がスポーツ新聞や週刊誌に対して売りのネタにできるということ。あと、実際に見る側のポルノグラフィ的な需要もね。ビデオが普及する前、例えば『エマニエル夫人』の時代から、もともと映画ってそんな側面があったじゃないですか。今はその名残りだけだから必要ないし、逆に子どもと見ていてそういうシーンがあると迷惑なんですよ」

辛酸「気まずい空気になりますよね」

宇野「別に楽しくなるわけでもドキドキするわけでもないじゃないですか。裸だけ見たかったら見れるものがたくさんあるわけだし」

辛酸「一人でこっそり見ればいいし、男女で見ていても気まずいですよね」

宇野「なぜみんな、いまだにベッドシーンを撮りたがるんでしょう」

辛酸「今ヒットしている『ブリジャートン家』というイギリスのドラマでもそういうシーンがあって、視聴者数も多いそうですよ」

宇野「そっか、そういうニーズがあるのか」

辛酸「そういう要素を必要としている人も多いんじゃないでしょうか。でも、キスくらいまでが一番美しい思い出のまま何年後までとっておけそうな気がします」

宇野「なぜ東南アジアでBLものが盛んになってるんでしょう?」

辛酸「なぜでしょうね。『2gether』の前にも『SOTUS/ソータス』とかヒット作があり、イケメンが多かったですよ。タイ人がこんなにもカッコいいのか!と驚くぐらい」

少年たちに投影された若き日のグァダニーノの思い

辛酸「『僕らのままで』のフレイザーも雰囲気がありましたよね。演じたジャック・ディラン・グレイザーの髪は以前は黒髪だったけど、金髪に黒が混ざった感じが似合ってたし、感性の鋭さも出ていました」

宇野「第1話に出てきた時は大丈夫かな?と思ったけど、だんだん魅力的に見えるよう撮っていましたね」

辛酸「グァダニーノにそういう少年の魅力を引き出すテクニックがあるんですかね」

宇野「『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメは実際にファッショニスタで、音楽に詳しくてミュージシャンとも交流があるけど」

辛酸「性格もすごくいいんですよね」

宇野「そうそう。昔、何かの番組の企画でラップをやってたらしく、トークショーでその映像を流されて真っ赤になったりしてました。フレイザーもセンスが鋭くて知性がある。これはグァダニーノの好きなキャラクターでもあり、本人の見た目は別として(笑)、若い頃の自分を投影しているんじゃないかな。そのあたりは一貫していると思います。ジャック・ディラン・グレイザーは『シャザム!』とか『IT/イット』とか、そこそこ大きな作品に出てるんですよね。だから今後、『僕らのままで』はグレイザーの作品としても価値が出てくるはず」

辛酸「じゃあグァダニーノが今後もこういう俳優を発掘してくるかもしれませんね」

宇野「そうですね。ところで、グレイザーという名前でえっ?と思う人もいるかもしれないけど、彼はブレンダン・グレイザーという大物プロデューサーの甥っ子なんです」

辛酸「このポッドキャストで以前、ブリトニー役がマーティン・スコセッシの娘だと聞きましたが、そういう人って多いんですか」

宇野「二世とか甥っ子とかね。確かティモシー・シャラメもすごいボンボンでしょ。そういう特権階級の息子って感じはしますね。スコセッシの娘なんてほぼ最強のカードじゃないですか」

辛酸「見た目の雰囲気がただ者じゃない感じはしましたよ」

宇野「ただ者じゃない感じ(笑)。日本も最近そうなってると思いますが、イタリアって基本的に強力なコネ社会。エンターテインメントの世界も含めて。そういう意味でもイタリアぽいなと思うキャステインングでした」

辛酸「グレイザー家もスコセッシ家も、みんなバカンスは家族でイタリアの避暑地とかに行ってそうですよね」

最高の終わり方を迎えた最終話

宇野「『僕らのままで』を最後まで見て、終わり方がすごく最高だと思ったけど、どうでした?」

辛酸「フレイザーが一緒にヒッチハイクに乗ってきた少年と話が盛り上がってライブも楽しんでたけど、最後に見晴らし台みたいなところでキスしてから少年が消えちゃったじゃないですか。あのシーンにすごく鳥肌が立ちました。フレイザーの中の好きな相手との妄想の会話だったという」

宇野「イマジナリー・フレンドですね」

辛酸「昔、好きだと伝えてキモイと言われた人とこんな会話をしたいな、という想像の相手だったんでしょう。中高時代って、友達になりたいけどなれない人のことを延々と思ったり、こんなふうに遊びたいと考えたりするもの。グァダニーノが今でもそういう感覚を持っているというか、少年の心を知っていることに驚きました。キラキラ系ではない、仲良くなりたい人から過去にキモイと言われたことのある人が想像の世界から卒業し、現実へ戻ってケイトリンに会いに行くというシーンに感動しました」

宇野「イマジナリー・フレンドって一般的には『ジョジョ・ラビット』みたいにもうちょっと小さい子を対象に描かれがちで、フレイザーは年齢的にはギリギリ。でも彼の、頭の中は知識でパンパンだけど子どもの部分が最後にふっと出ているという見方もできるよね」

辛酸「あのパッと一瞬でいなくなる消え方がすごく良かった。その後ケイトリンと仲良くなるけど、別れが待ってるんですよね。軍を移動して…」

宇野「そうそう、ケイトリンの家がね。まあでも、父親が母親のことを怪しんでいたし、娘とフレイザーの関係も良く思ってなかったみたいだし。そもそも軍人は数年間で基地をどんどん変わっていくから、そうしたはかなさをはらんだ環境なんだと思う。作中ではケイトリンの家が沖縄に行くかもって言ってたけど、一度シカゴに戻ってから別の基地に行って駐在するという。父親はあんなにワクワクして車を買ってたのにね(笑)」

辛酸「誰も聞いてないよ、っていう話でしたけど」

宇野「あれ、切なかったよ。シボレーのシルバラードというでっかいピックアップトラックを買って『今日、新車が納車されるんだ』って話を朝食で延々としているけど、家族は誰も興味がなくて(笑)。でも米軍のことだから、きっと車を空輸するよ」

辛酸「あんな大きな車を空輸できるんですか?」

宇野「でかい飛行機に乗せるぐらい、できそうじゃない? 分かんないけど」

辛酸「船便じゃなく空輸で?」

宇野「船便かもしれないけどさ、軍人の特権っていっぱいあるだろうから」

オルタナティブな青春ドラマだけど着地点は“王道

宇野「『僕らのままで』は、青春時代の時間にしてほんの数ヵ月の話だけど、フレイザーにとってケイトリンが思い出になり、ケイトリンにとってもフレイザーが思い出になったはず」

辛酸「いい思い出になったでしょうね。それは、最後までコトに及んでないからこそ、思い出を消耗せず永久保存できるんじゃないかな」

宇野「そうですよね」

辛酸「親世代がわりと奔放な面があったじゃないですか。基地ということで数年おきに別れが来るかもしれないし、また常に生命の危機を感じ、軍人だと常にアドレナリンも出ている。そうした普通じゃないようなことが日常だから、ああやって自然に恋愛へ発展しやすいのかな」

宇野「自分は、転校したり、逆に転校生が来たという経験も全然ないんですよ」

辛酸「私は幼稚園と小学校で2~3回転校してます。転校のたびに人間関係がリセットされるのはしんどかったです。好きな男子がいたらそこで永遠の別れになるし。新しく入ったクラスの人間関係を見て、どの人がどういうポジションか、誰と仲良くすればいいかというのを見なきゃいけないのも大変でしたね」

宇野「このポッドキャストの配信もちょうど4月で卒業・入学のシーズンだけど、フレイザーたちみたいに別れてまた出会ってというのは、最終的な着地点としてとても青春ドラマらしい。オルタナティブだけど王道に着地した感はあります」

辛酸「すごく中学生らしい面もあるし、『本当の自分は何だろう?』と探しているドラマがあったり。そして象徴的な台詞が飛び出してくるんですよね。ケイトリンが父親に言う『私は今も私だよ』や、ブラッド・オレンジの歌詞の中で『君はそのままで特別なんよ』というフレーズがあって、見ていてサブリミナル的に肯定されるような感覚がありました」

宇野「最終的には肯定のムードもありますね。ブラッド・オレンジといえば、フレイザーとケイトリンが第6話でいきなり連弾して踊り出すシーンとかすごかった。これだけいろんなことをやって、途中で実験的な演出もあったりしたのに、きれいなところに着地させている」

辛酸「ドラマなのに映画と同じような完成度でしたね。そしてドラマで時間が長い分、同じ時間を過ごしたような感覚になれます」

宇野「終わらせ方もグァダニーノは相変わらずうまいなと思いましたよ」

辛酸「ライブのシーンも。あのライブに間に合う間に合わないという展開は『2gether』にも何度か出てきましたよ。着くまで見ていてドキドキして、そして間に合った時に音楽の良さが感じられるという演出が素敵でした

今となっては感慨深いライブシーン

宇野「2回目のポッドキャストで、僕がサッカーを見るため何度もイタリアに行ってた話をしたんだけど、当時サッカーのついでにライブもよく見に行ってたんです」

辛酸「すごいですね、世界を股に掛けて」

宇野「ジョージ・マイケルとかシンプリー・レッドとか日本でも80年代に人気のあったアーティストが、00年代は日本にあまり来日しなくなった。そういうアーティストはイタリアではすごく人気があって、チケットを取って友達と見に行ってたんです。日本に来ないからしょうがないなと」

辛酸「へえー」

宇野「第8話のライブシーンを見て思ったのが、イタリアのライブ会場って、なんでこんなところにあるんだよ!ということがあるんです」

辛酸「日本だと、ゆりかもめに乗るみたいな?」

宇野「いや、電車が通る予定だけどまだ全然通ってないような地域の会場なんです。ドラマでもフレイザーたちがライブを見るためにヒッチハイクするじゃないですか。まさにあれをやったことがあるんですよ。近くの駅まで行っても、ここからどれぐらい歩くの?みたいな場所にあるから」

辛酸「1時間とかそれ以上?」

宇野「そうそう。だから、自前の移動手段がないのは旅行者とティーンくらい」

辛酸「ヒッチハイクの中で宇野さんの妄想の友達が出てくるとか」

宇野「いやいや出てこない! 友達と行ったから。それに友達ともキスしなかった(笑)。イタリアって車社会だから、ライブだと車やベスパで行く人が多い。みんなそもそも公共の交通機関を信用していないんだ。実際、信用できないし」
辛酸「間に合わなくなっちゃうということ?」

宇野「そうそう。だから車がないのは旅行者とティーンくらい」

辛酸「そういう人たちがヒッチハイクするしかないわけですね」

宇野「変なポイントで共感しちゃったよ」

辛酸「ライブ会場はドラマみたいに観客でギュウギュウになったりするんですか?」

宇野「僕が行ったのは体育館やアリーナで行うようなものが多かったから、ああいう小さなライブハウスにはあまり行ったことがないんです。ドラマのライブシーンは、ブラッド・オレンジが普通にボローニャでライブをやっている感じでしたね」

辛酸「実際のライブに合わせて撮影したのかな?」

宇野「撮影のためだけでなく、お客さんも本物だったかもしれない。今となってはああいう風景もね…」

辛酸「あんな混雑したライブ会場はなかなか行けないですもんね」

宇野「辛酸さんはライブに行きますか?」

辛酸「最後に行ったのは、昨年のクイーンです。なぜか叶姉妹がチケットを下さって」

宇野「すごい! 辛酸さんって謎ですよね。米軍に潜り込んだり、叶姉妹からチケットをもらってクイーンを見に行ったり」

辛酸「さいたまスーパーアリーナでのライブでしたが、あれが周りから汗が飛び散ってくるような最後のライブかもしれません」

宇野「大規模な来日ライブとなると、本当にそのあたりが最後なんですよね」

辛酸「本当に彼らの人徳でギリギリ、来日ライブをやったんです」

宇野「今年のフジロックは海外アーティストをあきらめましたからね。国内のアーティストはなんとか見れるけど、海外のアーティストを、しかもドラマみたいに小さい会場で、いつになったら見れるんだろう」

辛酸「昔のサマソニの思い出で生きていくしかないですね」

宇野「さすがに来年はやってもらわないと、いろんな会社が潰れちゃうから大変だ」

恋が実らず、何も成就しない…だからこそ十代の思い出は永遠に

宇野「辛酸さんもフレイザーみたいに、十代の頃は本当の自分が見つからず…ということはありました?」

辛酸「はい。自分探しの過程で厳しい親に反発するというのは、14歳を描いた『僕らのままで』のようにどの国も思春期が一番難しいんでしょうね」

宇野「『エヴァンゲリオン』も14歳ですからね」

辛酸「フレイザーも母親のことを『人類を支配しに来たエイリアンだ』とか『すべてが嫌いだ』とか言ってたし。そういう親をいったん嫌いになる気持ちは、私も親に塩をまいたりしてたから分かります」

宇野「そうなんですか(笑)。娘にそんなことされたら、すごいショックだろうな」

辛酸「フレイザーは感情が激しい分、好きと嫌いが表裏一体だから、大嫌いでもあるし大好きでもあるんですよ。でも母親が息子の友達を奪っちゃうのは良くないですけどね。たぶん、息子のことが気になりすぎて、母親が息子の友達と仲良くなっちゃうんじゃないかな」

宇野「そんなシーンあったっけ?」

辛酸「ケイトリンも射撃に連れて行って仲良くなったりしていたじゃないですか。その前にもニューヨークでもあったとか。たぶん、息子のことが気になりすぎて、母親が息子の友達と仲良くなっちゃうんじゃないかな」

宇野「過干渉みたいな? そういうのも含めて、身に覚えがある感じなんですか」

辛酸「そうですね。私はフレイザーほどセンスは良くなかったけど、それなりに葛藤はあったと思います」

宇野「なるほど。自分は14歳というとプリンスに一番憧れていた時代で、当時『パープル・レイン』とかあったでしょ? 親が離婚して複雑な家庭環境でいろいろ鬱憤がたまっていくという映画だったけど、自分の家がすごく平凡であることへのコンプレックスとフラストレーションがあって、親に向かって『離婚すればいいのに』って言ってましたから(笑)」

辛酸「複雑な家庭への憧れみたいな?」

宇野「そう。今思えば呑気な話ですけど」

辛酸「中学生くらいだとシャルロット・ゲンズブールに憧れたりしてましたよ」

宇野「『なまいきシャルロット』の頃ですね」

辛酸「あんなふうに脚が長くなりたかったですよ」

宇野「まあ、父親がセルジュ・ゲンズブールで母親がジェーン・バーキンだから」

辛酸「クロエ・セヴィニーもシャルロットに通じる雰囲気がありますよね」

宇野「確かに。大人になってからも独特の雰囲気があるところも同じですね」

辛酸「『僕らのままで』は年代を問わず素敵な人が出てくるから、親世代が見ても子供世代が見ても楽しいと思いますよ」

宇野「確かに。メチャクチャなところはそれなりにあるけど、実は描写はそんなに激しくないし、十代にも見てほしいな」

辛酸「十代で自分は陰キャかもと思っている人が見ると、自分だけじゃないというか、こういう方向性もあるんだ、みたいな気持ちになれるかもしれませんね」

宇野「そうですね。十代の恋心って基本的に成就しないじゃないですか」

辛酸「中学生の時に恋が実って、初体験してそのまま結婚して幸せになるって聞いたことがないですもんね。フレイザーの恋とか、ケイトリンのブリトニーへの思いとか、切ないですよね。でもそれが14歳でありティーン。そこで成就しないからこそ、そのエネルギーをその後の才能やクリエイティビティに活かせるんじゃないかな。フレイザーも将来、何かを成し遂げて結婚するかもしれない。そういう成就しない恋愛のエネルギーが、今後どう変化していくか楽しみになる作品でした」

宇野「グァダニーノ本人がきっとそういう青春を送り、その時の思いが鮮烈に残っているから、十代の気持ちをフレッシュに描けるんでしょう」

辛酸「忘れてないんでしょうね」

宇野「グァダニーノはそんなに若くして有名になったわけではないけど、きっと十代の思いなんかを時間をかけて昇華させ、世界の中でも有数の映画監督になったんでしょう。『君の名前で僕を呼んで』と『僕らのままで』を見ると、グァダニーノ自身がこういう青春を送ったんだろうなとより強く思ったし、辛酸さんが言うように十代で報われなかった思いが人一倍大きかったんじゃないかな。セクシャル・マイノリティであることも含めて。だからこんなにすごい作品が作れるようになったんだろうなと思いました」

辛酸「そういうエネルギーを温存してたのかも。やっぱり十代はキスくらいにとどめておくのがいいかもしれません」

宇野「作品の描写としてもそうだし、実際の体験としてもそうかもしれない」

辛酸「私は十代で恋をしたことなんてないけど、そうかもしれないですね」

宇野「はい(笑)。辛酸さん、今日はどうもありがとうございました」

辛酸「ありがとうございました」

終わりに

宇野「今回、いろんなゲストの方とポッドキャストで『僕らのままで』についていろいろ話してきましたが、なにしろ本当にすごい作品なので、まだまだゲストを呼べば何回でも話せそうですが、最終回の配信と合わせてひとまず今回で終わります。今後は配信スタイルの映画も増えるでしょうから、テレビシリーズに限らず映画でも『これは!』という作品があれば、ぜひまたこういう形で作品の魅力を届けることができたらなと思います。

いい作品って結局、何年経ってもふと思い出せるシーンがどれだけあるかだと思うんですよ。『僕らのままで』も第4話のホームパーティや、第8話のボローニャでのライブの前後のシークエンスとか、きっといろんなシーンをふとした時に自分は思い出すだろうし、見た人の心に一生残る作品になるんじゃないかな。

ルカ・グァダニーノは今後、『スカーフェイス』のリメイクや『君の名前で僕を呼んで』の続編、あとボブ・ディランのアルバム『血の轍』を映画化するとか、企画がとにかく目白押し。また必ずグァダニーノの名前は折に触れて耳にしていくことになると思います。そうした中で、もし『僕らのままで』を見ていないと分からないことも出てくるかもしれないので、いろんな意味で必見の作品です!」
『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』
原題:WE ARE WHO WE ARE
動画配信サービス スターチャンネルEX にて配信中!

Photo by Yannis Drakoulidis (c) 2020 Wildside Srl - Sky Italia - Small Forward Productions Srl

(2021年3月)
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