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【#1】IT'S A SIN PODCAST(ホスト:木津毅/ゲスト:萩原麻理)

Podcast

2021.11.24

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1980年代のロンドンを舞台に、HIV/エイズと戦う若者たちを当時の名曲に乗せて爽快に描いたドラマ『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』。映画・音楽ライターの木津毅さんがホストとなり、各回にゲストをお招きして本作の魅力に迫るポッドキャスト番組を配信中。第1回のゲストはジャーナリストの萩原麻理さん。LGBTQ+に関する作品の歴史や、製作総指揮のラッセル・T・デイヴィスの作家性にも触れながら、本作について語って頂きました。ドラマ本編とあわせて、ぜひお楽しみください。あわせて本記事では番組の一部を文字起こしでお届けいたします。

目次

『IT'S A SIN』が本国イギリスで記録的なヒットを達成

木津「萩原さんとは仕事でもプライベートでも映画やドラマの楽しい話をたくさんさせてもらっていて、今回はとても心強いです。『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』は1980年代のロンドンを舞台にHIV/エイズの危機を描いた青春ドラマで、イギリスでもヒットした作品です。まずは簡単な感想を聞かせてください」
萩原「面白かったです。最初の始まりがちょっと昔の青春コメディ風になっているけど、回ごとにトーンが変わっていきます。80年代のゲイ・コミュニティにHIV/エイズの影が差し込んでどうなっていくかという話なので、最後の方はシリアスな感じになりますが、全体のストーリー自体はけっこうベタで、見ている人も付いていけると思います。
一方、細かいやり取りやエピソードには、その場にいた人しか分からないようなリアルさや『えっ!』と思うような発言があり、心に残る場面もたくさんありました。全体的には80年代のノスタルジックなムードがあり、私からするとわーっと思うような音楽が流れたり映画やテレビ番組の話が出てくる。そこもイギリスでヒットした理由でしょうね。
そういう要素がどんどん詰め込まれていて笑えるけど、『わぁ、すごい』と驚くようなことも起きる。私も同じ時代を生きていたのに、コミュニティの中にいないと分からないようなことが多くあり、史実をなぞっただけのドラマではないんですよ」
木津「僕もUKのクィア・マガジン『Attitude』がこの作品をプッシュしているのを読んで楽しみにしていました。かなりゲイ・コミュニティに沿った内容なので『ウケるかな?』と思いましたが、これがヒットしたことは希望だと思いますよ。具体性や固有性が描写されていて、全然知らなかったディテールがバンバン飛び出してきて面白い。これまでエイズ・クライシスものは映像でも本でも触れてきましたが、イギリスのことはよく知らなかったんだなと気づきました。
そのあたりは脚本のラッセル・T・デイヴィスの貢献が大きいと思います。ラッセルがBBCにこの企画を持ちこんだ時『HIVものは難しい』という反応だったらしく、最初は全8話で撮るつもりだったのに『4話まで減らしてくれ』と言われ、なんとか5話で制作したとか。それでもフタを開けてみればヒットして良かったです。萩原さんはラッセルについて何かイメージがありますか?」
萩原「イギリスのTV界で有名なドラマをどんどん手掛けている人で、全部は追えてないけど時々見ています。プロデューサーとして関わっている作品もあれば、元々は脚本家なので脚本からがっつり関わっている作品もある。最初はBBCで働いていて、マンチェスターのグラナダTVに移って再びBBCに戻った人です。ラッセルの作品で一番有名なのは『ドクター・フー』。昔からある看板番組だったけどいったん人気が落ちて終了したものを、一気にカッコよくアップデートしリバイバルさせたプロデューサーとして有名になりました」
木津「僕は『ドクター・フー』をあまり知りませんが、イギリスではみんなが好きな番組ですか?」
萩原「みんな好きだし、今のイギリスの有名な俳優たちが若い時に端役で出ていたりもします。もちろん有名な人がドクター・フーを演じることもありました。収録前に木津さんと『ドクター・フー』が日本の番組だと何に近いか話していたんだけど、ちょっと違うけど『水戸黄門』かな(笑)」
木津「それしか思いつかなかったと(笑)」
萩原「『水戸黄門』はどんなに変わっても『水戸黄門』であるように、『ドクター・フー』もどんなに変わっても『ドクター・フー』なんです。新しい人をどんどん入れる一方、ラッセル自身がクィアだからそういう要素も出てきたり、かつては女性のドクター・フーになったこともあり『次は誰になるんだろう?』という見方でもみんな楽しんでいます。全エピソードを見ている人もいるだろうけど、一般的には『TVでやってるから見よう』というタイプの番組です」
木津「イギリスだと『007』もあるけど、『ドクター・フー』はクィアや女性のカルチャーを拾うようなものになっていると。確かにそれは面白いですね」

当事者ならではのディテールを作劇に盛り込むラッセル・T・デイヴィスの手腕

木津「他にラッセルの作品で有名なのは『クィア・アズ・フォーク』。日本では字幕付きで見られませんが、伝説的な作品です」
萩原「オンエアは90年代の終わりから2000年代の初めだったかな。最初に見た時ビックリしましたよ。ゲイの男性たちの恋愛や友情がストーリーの中心で、セックスシーンとか細かいところもちゃんと描いていて『そんなこともするの?』と驚きました(笑)。ちなみに『ゲーム・オブ・スローンズ』でリトルフィンガーを演じていたエイダン・ギレンも出てきます。危険でカッコいいゲイの男性で、ウブな男の子を誘惑したり(笑)。2000年代からアメリカでも『Lの世界』が始まったり、ドラマもどんどんそっちに行くんだなと思ったきっかけでした。アメリカ人にとっては『クィア・アズ・フォーク』はリメイク版のイメージが強いと思いますけど」
木津「いまだに伝説的に扱われている番組だし、イギリスのゲイ雑誌を読んでいるとラッセルの名前も出てきますね。『クィア・アズ・フォーク』は訳すと“クィア仲間”ですか?」
萩原「そうですね。ニュアンスを加えるとしたら“特別ではない、すぐ隣にいる人”という感じでしょうか」
木津「なるほど。『クィア・アズ・フォーク』はゲイ・ライフの楽しい部分やリアルな部分をピックアップしていて、そういうディテールを作劇に盛り込むのがラッセルは上手ですよね」
萩原「『IT'S A SIN』でもそういう場面がありますよね。ワイルドなセックス・ライフを楽しんでいる主人公のリッチーとか、きちんと描かれていました」
木津「そうやってディテールが入ると、ゲイである僕なんかは『そうそう』と楽しめます。『クィア・アズ・フォーク』は“フォーク”という言葉にもよく表れていますが、ラッセルはゲイ・コミュニティやクィア・コミュニティを仲間同士で楽しむという感覚がある人なんでしょうね。
残念ながらこれも日本では見れませんが、『Cucumber』『Banana』『Tofu』(すべて原題)という3部作があります。『Cucumber』はゲイの中年男性のミッドライフ・クライシスを描いて世の中的にはあまりウケなかったけど、ゲイの中年の話って他ではなかなか見れないので僕は楽しめました。ゲイが集まった時の、ろくでもないわちゃわちゃ感とかも(笑)」
萩原「俳優のペニスがどうとかいう話が延々と続いたり(笑)」
木津「それはラッセルがコミュニティ内から批判されるところの1つではあるんですよね。ただ『Banana』は『Cucumber』と違って、いろんなLGBTQのキャラクターをオムニバス形式で描いていく作品。ゲイばかり作品にされやすかった歴史の中で周縁化されていたマイノリティにフォーカスを当てたり、当事者の俳優を使うということを2015年の段階でトライしていて、その先に『IT'S A SIN』があるんじゃないかと思います」
萩原「『Lの世界』でのレズビアン・コミュニティも、分かりやすいエグさが描かれていた記憶があります。私が『すごい』と思った後、レズビアンの友達から『みんながあんな感じだと思わないでね』と言われたから(笑)。あれはロサンゼルスのパワーレズビアンの話で、みんなあんなにキラキラしてないのだとか。
その後、全体的にドラマの描写はそうしたステレオタイプから離れていき、実際に自身がLGBTQの作家が出てきた時も、もう少しリアルで細やかな表現が見られるようになりました。ゲイのドラマを作っている人といえばアメリカではライアン・マーフィーが有名だけど、私が印象的なのは『シックス・フィート・アンダー』のアラン・ボール。主役の葬儀屋一家にゲイのキャラクターがいて、その描写が面白かった。
あとは『トランスペアレント』のジョーイ・ソロウェイ。最初は違う名義でドラマを作っていたけど、ノンバイナリーであることをカミングアウトしてジョーイに名前を変えたんです。一家の父親がトランスジェンダーだとカミングアウトし、女性として生きていくことで家族に何が起きるかをコメディタッチではなく複雑に描いています。このようにドラマとしても成熟した作品が『クィア・アズ・フォーク』以降には出てきました」
木津「90年代末から2000年代にかけては僕も海外ドラマを見始めた頃で、『シックス・フィート・アンダー』もよく見ていました。白人の葬儀屋の息子と黒人の警官の彼氏との関係が丁寧に描かれていて、子供心にも面白かったです」
萩原「アラン・ボールはその後『トゥルーブラッド』が当たりましたが、その中でも男性と女性というヘテロセクシャルではない関係の話も出てきて面白かったな」
木津「アラン・ボールは最近だと『フランクおじさん』という映画も良かった。彼はゲイ・ヒストリーの過去に戻っていくようなところがありますが、時代を作ったクリエイターたちが年を取って自伝的になってきてるのかもしれないですね」
萩原「ライアン・マーフィーは現役バリバリじゃないですか?」
木津「今ライアンは大忙しでいろいろやってますが、ちょっとやりすぎ(笑)」
萩原「私もそう思います(笑)」
木津「彼の作品の中でも『POSE/ポーズ』はよく出来ていますよね。あれも80年代のボール・カルチャー、いわゆるドラァグボールを、POC(有色人種)のトランスジェンダーにフォーカスを当てながら当事者の俳優を配役した、イキイキした作品です。プロデュース作品としてゲイのポルノショップをやっていたユダヤ人老夫婦のドキュメンタリー(『サーカス・オブ・ブックス』)とか、長年付き合っているレズビアン・カップルのドキュメンタリー(『シークレット・ラブ:65年後のカミングアウト』)とか、歴史に埋もれた人たちをピックアップしています
欧米ではLGBTQの可視化や権利向上が進んでいますが、その前の時代に何があったのかを業界のベテランがしっかり描いているのが今の状況。『IT'S A SIN』を見てると、ラッセル・T・デイヴィスもそれをやりたかったんじゃないかなと感じます」

1980年代の世界的なエイズ・クライシス──その時、ロンドンでは何が起きていた?

萩原「クリエイターたちがいろいろな作品を作ったことで、Netflixの『セックス・エデュケーション』にせよHBOの『ユーフォリア』にせよ、今の人気ドラマはクィアやトランスジェンダーのキャラクターたちが普通に登場するようになったけど、ラッセル・T・デイヴィスはだからこそ自分は『80年代にこんなことがあった』ということを伝えたくて『IT'S A SIN』を作った、とインタビューにありました。
今のドラマは物語をゲイ・コミュニティの中だけに限定せず、友達がゲイだったり好きになった人がトランスジェンダーだったりということが何の説明もなく描かれている。それはとてもいいことだけど、それ以前の時代のことも若い人に伝えたかったんでしょうね」
木津「そうした姿勢はとても共感できますね。たとえば『セックス・エデュケーション』はイギリスの楽しいドラマで、キャラクターが可愛いし、いい意味でエデュケーショナル。僕はこのように10代がアクセスしやすい作品があることをポジティブに受け止めています。
でも、そこにHIVの話はなかなか出てこないんです(註:シーズン2時点。シーズン3ではHIV/エイズに対する知識に触れられる)。今ではHIVは“死に至る病”ではなくなり、あえてドラマに出すのは難しいテーマでもあるけど、現代に至るまでに何があったのかというのは先達が語らなければいけないことだと思っています。
近年ではPrEP(プレップ)という予防薬を使った予防策が欧米で広がったことで感染率が減り、そのためHIVが怖くないという認識が良くも悪くも若い人の間で広まっているそうで、HIVに関する認識がターニングポイントに入っていると思います。でもそれはコミュニティが勝ち取ったものなんだ、と語ろうとしている風潮も感じています」
萩原「そういえば『トランスペアレント』のエピソードで、一家の末っ子が自分に嫌なことがあった時に慰めてくれたトランスジェンダーの女性と付き合い、いい感じになりそうになった時に彼女からHIVを告白されて逃げるシーンがあり、『そんなことで引くのか』と思いました。HIVの歴史をちゃんと見てきた作家はそうやってエピソードとして描いていたけど、今のドラマでは出てきませんね」
木津「アンダーグラウンドやインディーで作っているゲイドラマだとPrEPの話もバンバン出てきて、時代も変わったなと思います。世代の離れた男性同士がセックスをする時にコンドームを付けるかどうかという話になり、若い人は『PrEPをしてるから』、年上の男性は『僕らはコンドームの方が安心する』と言うやり取りがあって興味深いですね」
萩原「80年代末に高校生だった私がアメリカにいた頃、体育館に全員集まってエイズの説明を受けたけど、その時もコンドームの話ばかりでしたよ」
木津「確かに、長らくコンドームだった。コンドームを付けないセックスだって必ずしも悪いセックスではない、という価値観が今のコミュニティ内では出たりしますが、エイズがどういう病かリアルに知らない若い子が『IT'S A SIN』を見たらビックリするはず。僕もタイムラインとして『当時のイギリスではこんな感じだったのか』とリアリティをもって感じることができました」
萩原「第1話で主人公の男の子がコンドームを捨てていましたね。『俺はこんなの必要ない』って」
木津「あれは象徴的でしたね」

様々なバックグラウンドを持つ魅力的なキャラクター造詣

萩原「ところで、このドラマはイギリスが舞台だけど、キャラクターがいろんなところから集まっているのも好きなところ。リッチーはワイト島の閉鎖的・保守的なコミュニティからロンドンに出てきて解放されるけど、基本的に保守的。その矛盾が自分の中でだんだん出ていくというサブプロットもあります。
私が好きなコリンという真面目キャラはウェールズ出身で、また違った価値観の持ち主。他にも南アジア系やブラックなどもいて、バックグラウンドの異なる人たちが1つの場所に集まっている感じがよく表現されています」
木津「イギリスのクィア・コミュイニティは実際にもそんな感じですよね」
萩原「コリンにはビックリしますよね。一番ドラマティックなプロットを持っている」
木津「ラッセル・T・デイヴィスはこれまで『ゲイがセックスに奔放で大好きというステレオタイプを補強している』と批判を受けてきた人。彼自身にそういうところがあるのかもしれませんが、コリンの真面目キャラ設定は『こんな人でもHIVは他人事ではなかった』ということをうまく表現できていると思います。最初の方でエイズを発症したグレゴリーが『アバズレと思われる』と言う台詞がありますが、あんな病気になるヤツはセックスをやりまくってるアバズレだという偏見がある中、そうではないことをコリンというキャラクターが表しています」
萩原「あと、コリンはただの地味キャラではなく、ロマコメでいうとドジっ子キャラ(笑)。だからみんな、彼に対して『恋も仕事も頑張って』と思いながら見てしまいます」
木津「なるほど(笑)。上司にセクハラされたりも」
萩原「それを救ってくれるのは、ニール・パトリック・ハリスが演じるヘンリー。ニール自身もオープンリーゲイですよね」
木津「そのあたりの設定やディテールのうまさは、長年活躍してきた脚本家のラッセルならではですよね。
リッチーの保守的というキャラクターもうまいと思います。社会運動に興味はないし、自分がセックスできればそれでいい、と思っている人は少なくない。とはいえHIV/エイズというものがあると社会や政権と向き合わないといけなくなりますよね」
萩原「サッチャー政権ですよね、あの頃のイギリスは」
木津「80年代のエイズ・クライシスものには、イギリスだとサッチャー、アメリカだとレーガンがしっかり出てきます」
萩原「切り離せないんですね」
木津「世界的な新自由主義の台頭によって、いかにマイノリティが辛い目に遭ったかということを描いているわけです。サッチャー時代の労働者とクィアの連帯は、イギリスの映画やドラマのお家芸ですね」
萩原「ゲイの団体と炭鉱労働者が共闘するような話もありましたね。いわゆる排除されていきそうな人たちが共闘するしかなかった──そういう側面もあるのでしょう」
木津「『IT'S A SIN』はゲイ・コミュニティやクィア・コミュニティと出会った人たちが解放されていくところを描きつつ、そこがシェルター的な役目を果たしていることも、説明的でなく描けているところが好きです」
萩原「私は自分に近いジルというキャラクターには共感しました。彼女は周りの年長者たちから『なぜお前はゲイの男たちとつるんでいるんだ』と言われる一方、エイズがどんどん流行する中でしっかりエイズについて勉強して活動し、病気になった人たちを助けていく。そうやって自分の意識を育てていくところが良かったです。私も若い頃、ゲイの男友達と遊んでいたら、女性の友達に『それはよくない』って言われたことがあります」
木津「それはどういう点で?」
萩原「当時は分からなかったけど『安心するからよくない』ということです」
木津「恋愛する欲がなくなるということですか」
萩原「『女性は恋愛して結婚しなきゃいけない』という自分の考えを、私に対して言ったというより、彼女がつい言葉に出したんでしょう。そういうプレッシャーから出た言葉なんだろうけど、最初は意味が分からなかったし反発しました。なんで自分の友達のことをそんなふうに言われなきゃいけないの!って。ジルもそういうことを言われるけど、自分が信用できて楽しい友達と一緒にいればいいんですよ」
木津「本当にそうですね。このドラマはコミュニティでのジルの存在感もいいし、彼女とリッチーのフレンドシップもぐっとくるものがあり、キャラクター描写も魅力的ですよね。成り行きで面倒を見ていくことになるけど、誰よりもいち早くHIV/エイズに意識的になったのはジルだし」
萩原「真剣に勉強しなきゃと思ってね」
木津「最初は知識がないからゴム手袋を付けたりするけど、年が経つにつれて彼女の対応が変わっていくところも良かったです。ラッセル・T・デイヴィスのインタビューを読むと、ジルのキャラクターは実際にコミュニティにいた人をモデルにしていて、彼女のことも尊敬していたそうです。そういう気持ちがキャラクター描写によく出ていて、ドラマを見ていて心洗われるところでもあります」
萩原「ネタバレになるかもしれないけど、最終話は深く考えさせられました」
木津「演出のテイストも変わりますもんね」
萩原「ビックリしました。そういえば私が最初にこのドラマのタイトルを見た時、ペット・ショップ・ボーイズの『It's A Sin』という曲を思い出したんだけど、最終話を見た時に『あの歌はそういうことか』といろいろ考えました。簡単には言えないような結末ですよね」
木津「そうですね。ラッセルが自分のことや周りから見聞きしたリアリティがかなり入っていると思います」
萩原「こういうふうに描けば辛くて悲しくなる、というステレオタイプ描写とも違って、泣き笑いするしかない。ああいうふうになったら、そりゃあ一生覚えていくような出来事になりますよ。一つひとつの言葉やその時自分がしていたことも刻まれるような体験だと思います」
木津「ラッセルにとっては80年代にエイズで亡くなった人やコミュニティの友達たちに対するトリビュートという意味合いが大きかったそうです。当時亡くなった人たちのことをただ悲しい存在にしたくないという意識があり、それがよく表れていますね。
そういう意味で、日本でもヒットした『ボヘミアン・ラプソディ』に対して僕は批判的な立場を取らざるを得ません。あの映画はゲイ・コミュニティやクィア・カルチャーを描いたものではないけど、それにしてもHIV/エイズがかなり漂白され一面的に描かれているのは辛い。
逆に『ロケットマン』のように、ゲイ・コミュニティやクィア・コミュニティからたくさん批判が出たことでもっとリアリティに根差したものが出てきているなという印象もあります」

LGBTQのキャラクターを当事者が演じるということ

木津「このドラマの『IT'S A SIN』というタイトルも絶妙。最初は『BOYS』という仮タイトルだったそうですが、それだとAmazon Prime Videoの『ザ・ボーイズ』とかぶるから『IT'S A SIN』に変わったそうです。僕もカラオケに行くと、一番盛り上がるところで『IT'S A SIN』を歌うくらい好きな曲です(笑)。ゲイであることの罪の意識を与えられていた時代背景の歌でありつつ、派手派手しいイントロでアップリフティングさせるところは、このドラマに通じるものがあります。そしてペット・ショップ・ボーイズという伝説を改めて引っ張り出したことも良かったと思います」
萩原「このドラマは全体的に悲しいトーンではなく、すごく楽しい。80年代のヒット曲がバンバン流れたり、またTV番組や映画の話が出るたびに『あれって何だっけ』と思い出したり。また、登場人物が付き合う相手として、ゲイをオープンにしている名優スティーヴン・フライがコミカルな役でカメオ出演したり」
木津「あのキャラはおいしいですよね。あと、デレク・ジャコビがゲイだという噂に対して『まさか』とリアクションするシーンがあるけど、この時まだ彼はカミングアウトしてなかったんですよね。そういうディテールがいちいち面白い」
萩原「あの頃のイギリスはいったん自分がゲイだと言ったら役が回ってこないし、ロマンティック・リードと呼ばれる恋愛ものの男性役もできなくなるような時代。そんな話の時にジャコビの名前が出てくるということは、チクッと風刺しながら当時の状況を説明しているんだと思います」
木津「その例として、ルパート・エベレットはそういう憂き目にあったとよく言われますね」
萩原「『ベスト・フレンズ・ウェディング』のジュリア・ロバーツのゲイの友達くらいしかできなくなった。今考えると、時代ですよね」
木津「『IT'S A SIN』はゲイの俳優がゲイを演じるところがポイントになっているけど、それについてイギリスで議論になりました。このドラマに限らず今は、トランスジェンダーの役をトランスジェンダーが演じるというムーブメントが世界中で起きています。ただし、それはまず機会の問題なんですよ」
萩原「そう。機会の問題を通り越してアイデンティティの問題として議論されがちだけど、それ以前に労働問題。映画でトランスジェンダーの役を有名な俳優が演じて評価され、賞を獲ることがありますよね。『ダラス・バイヤーズクラブ』のジャレッド・レトとか。そうではなく実際のトランスジェンダーが演じるべきという意見は、同じアイデンティティの人が演じるべきということではなく、そういう役があるならなかなか仕事が回らない彼らにあててください、という考えがスタートなんです」
木津「そう。それに評価の問題も大きい。シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と性同一性が一致し、それに従って生きる人のこと)の俳優がトランスジェンダーの役を演じると“体当たり”と安易に評価を集めるところがあります。トランスジェンダーの役を演じるには身体性の問題もあるわけで、シスジェンダーというマジョリティがマイノリティを演じるのは搾取的にも見えます」
萩原「その逆があればまだいいけど、トランスジェンダーがシスジェンダーを演じるということがないから批判されるんですよ」
木津「セクシャル・オリエンテーションとジェンダー・アイデンティティは、別のことでもあり、重なる部分もあります。だから、ヘテロセクシャルの男性がゲイの役で濃厚なラブシーンを演じたりすると“体当たり”と評価されることが起こりやすい。逆に、ゲイの俳優がヘテロセクシャルの男性を演じた時にそうした評価をされるかというと…」
萩原「ゲイの俳優がキャスティングされない時代が長かったので、それでなおさら批判されるんだと思います」
木津「いろんな意見はありますが、当事者が演じるというのは重要な流れです。『IT'S A SIN』はクィア・コミュニティの話でありクィア・ヒストリーの話だから、当事者が演じて歴史を語るのは重要なこと。セクシャリティやジェンダーの話だけでなく人種の話ともつながってくることで、2010年代以降に起きた流れのポジティブな側面ではないでしょうか」
萩原「80年代から見てきた私が思うのは、セクシャル・オリエンテーションやジェンダー・アイデンティティというのは日々変わることで、絶対に正しい答えはないということ。これからもいろいろ議論が生まれたり変わっていき、“今の問題”としてその時々のベストな判断が下されることでしょう。『IT'S A SIN』も“今の判断”で配役されたにすぎません」
木津「その通りです。この流れが10年後も続くかというと分からないし。ニール・パトリック・ハリスという一時代を築いたゲイの俳優を出しつつ、新しいスターも起用して、うまく機能している作品ですよ」
萩原「ニール・パトリック・ハリスがイギリス人の役を演じているというだけでも面白かった(笑)」
木津「アメリカ出身の彼の発音は大丈夫でしたか?」
萩原「そこまできちんと判断できるほど英語の発音に詳しくないけど、頑張ってると思いますよ。アメリカでは派手キャラの彼がイギリスの仕立て屋にいるのも面白かった(笑)」
木津「萩原さんの見るポイントは細かいですね!ロスコーのキャラクターもなかなかリアリティがあって面白かった。ナイジェリア移民の息子という、二重三重のマイノリティで大変な面もあるけど」
萩原「彼は家を飛び出すけど、実際はナイジェリアに帰された人もいたんでしょうね」
木津「生死の問題に直面するようなね。ロスコーが年上のオジサンたちにシュガーダディ的なことをしてもらうのもリアリティがありますが、その後にどうなるか?というのがこのドラマのポイントで、ちょっと笑えるところでもあります。そういうディテールの抜き方も面白いなと思いました」

80年代カルチャーなど“入口”がたくさん

木津「『IT'S A SIN』はいろんな面で楽しめるドラマですが、日本で当時のイギリスのことを知らない人も多いと思うんですよ。特に若い人は。そういう中で楽しんでほしいドラマのポイントはありますか?」
萩原「80年代のリバイバル・ドラマってけっこうありますよね。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』とか。そういう80年代の風俗も楽しんでほしい。ジルがフワフワのセーターを着てたり、メイクや家の雰囲気とか、全部楽しめるんじゃないかな。プロットはベタではっきりしてるし。私と木津さんが好きなサンフランシスコのゲイ・コミュニティを描いた『ルッキング』は、見ていて引き込まれるものの普通の生活を描いてるだけで話は地味だけど、『IT'S A SIN』はドラマティック。いろんなことがあるし、人の生死にも関わるし、かと思えば恋愛模様も楽しめる。それに私は音楽が好きだから、本編の最後に何が流れるか毎回楽しみにしていました」
木津「ラストクレジットの曲ですね」
萩原「毎回ちゃんと意味があって選ばれてるんですよ」
木津「最終話でこの曲か!というのも含めて楽しんでほしいですね」
萩原「そんなふうに、いろんな人がいろんな入り口から楽しめるドラマだと思います」
木津「このドラマはファッションもリアルですか?」
萩原「私はアメリカの80年代しか知らないので、イギリスの80年代はこんな感じだったのかと思いながら見てました。80年代といえば、『ストレンジャー・シングス』はビックリするぐらい完コピ(笑)。アメリカの田舎の高校生の服がまざまざと思い出されましたよ。服のアイテムだけでなく着方も“そのもの”。アクセサリーの付け方も髪型も。『ああいうキャラの子はああいう眼鏡をかけてたな』とか」
木津「最近のドラマのそういうところはすごいですよね。『ストレンジャー・シングス』に関しては製作陣の80年代オタクぶりが表れていますが、『IT'S A SIN』に関してはラッセル・T・デイヴィスが『リサーチしたところもあるけど、風俗的なことはリサーチせず自分の感覚を思い出して描いた』と言ってましたよ。まさに生き証人としてのリアリティが出ているんじゃないかな」
萩原「『IT'S A SIN』は10年間を描くドラマなので、服も雰囲気も変わっていったり、最初は大学生だったのがやがて社会人になったり、そういうところも面白いですね」
木津「すごくポップに開かれた作品でありつつ、かといってHIV/エイズが中途半端に扱われているかという、そんなことはなくしっかりと描かれている。たくさんの人に見てほしいドラマですね。今回はありがとうございました」
萩原「ありがとうございました」
『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』
原題:IT'S A SIN
動画配信サービス スターチャンネルEX にて配信中!
(c) RED Production Company & all3media international
(2021年8月)
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