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海外ドラマ『インベスティゲーション』の魅力を語る on podcast|今祥枝(ライター)・佐々木誠監督

Podcast

2021.11.24

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2017年にスウェーデンの女性記者がコペンハーゲン近海で切断遺体となって発見され世界を震撼させた”潜水艇事件”。その全貌をドラマ化した北欧クライム・ミステリー『インベスティゲーション』の魅力について、共に海外ドラマが好きなライターの今祥枝さんと佐々木誠監督(『ナイトクルージング』『愛について語るときにイケダの語ること』)が語り合います。本記事ではポッドキャストで語られた内容の一部を文字起こしでお届けします。

目次

北欧ドラマの魅力といえば?

「今回スターチャンネルEXでオンエアされている『インベスティゲーション』はデンマーク・ノルウェー・スウェーデンによる合作で、デンマークを舞台にした北欧ミステリーです。佐々木さんにとって北欧ドラマの印象は?」
佐々木「デンマークといえばラース・フォン・トリアー監督で、私が映像の勉強を始めた1990年代から見ていて、だいぶ影響を受けました。彼のデビュー作『エレメント・オブ・クライム』もまさにクライムもので、犯罪ミステリーをちょっと斜めから描いた作品で衝撃的でしたね。この作品から始まった流れが『インベスティゲーション』にもつながっているんじゃないかな」
「私は北欧の映画やドラマがとても好きなんです。何が好きかというと、あの陰鬱さ。独特の暗さがありますよね」
佐々木「人間が抱えている悪意というか、ものに悶える人々でしょうか。自分が内に秘めたものに悶えたり、あるいは影響を受けて悶えたり。そして最終的にはちょっと希望も見えてくる、というのが北欧のミステリーや映画の傾向だと思います」
「北欧ドラマといえば『THE KILLING/キリング』『THE BRIDGE/ブリッジ』という二大刑事ドラマがありますが、佐々木さんは見ましたか?」
佐々木「マイリストに入ったまま見ていません(笑)。面白いですか?」
「面白いですよ。デンマークのDR(日本のNHKにあたる公共放送局)が作ったドラマですが、ここの番組はドグマ的な精神に基づいているところがあります。オリジナル脚本であること、現代の社会問題を取り入れることなどのルールがあるため、娯楽ものだけど社会問題を切り口にして盛り込んだ作品が多い。『THE KILLING/キリング』も『THE BRIDGE/ブリッジ』もそうした要素が強く、見ごたえがあります」

視聴者の期待をあえて裏切る、現代犯罪ドラマへのアンチテーゼ

「佐々木さんはこの作品をご覧になっていかがでしたか?」
佐々木「面白かったです。事件についてまったく知りませんでしたが、北欧では有名な事件だったんですよね?」
「はい。少なくともデンマーク国民で知らない人はいない事件ですが、犯人の名前を言うのはこの作品の意図から考えると、はばかられるところがあります」
佐々木「私はこのドラマを2回見ていて、1回目はあえて何の情報も入れず作品だけを楽しむことにしたんです。最初のうちは犯人というか被疑者の名前が出てこないし、どういう人かも描かれず、なぜだろう?と思いました。今まで見てきた映画やミステリードラマだと、普通は犯人の人物像がまず出てくるじゃないですか。だから『なぜ出てこないんだ?』という引っかかりがあって。でも、見ているうちに監督や製作陣の意図がだんだん分かってきて、面白くなりましたね」
「2017年の事件というと、そんなに過去の話でもないですよね」
佐々木「最近起きた現実の出来事を描くことへの、製作陣のストイックさというか真摯さが伝わってきました。あと、先ほど今さんが特徴として挙げた“ドグマ95”的な要素に、わりと新しさを感じました」
「ドグマ95というのは、1995年にデンマークのフィルムスクールを出たラース・フォン・トリアーが、トマス・ヴィンターベア、ソーレン・クラーク=ヤコブセン、クリスチャン・レヴリングの4人でドグマ友愛会を作った映画運動です。『セット撮影は禁止でロケーション撮影のみ』『照明効果は禁止』『回想シーンは禁止』など、“純潔の誓い”と呼ばれる技術面における撮影の制限がなされました。なぜトリアーたちがこうした誓いを世界に発信したかというと、それは当時の映画に見られた過度な特殊効果やテクノロジーへの依存の拒否。ハリウッドの空疎なスペクタクル映画や自己満足なアヴァンギャルド映画に対するアンチテーゼとしてこの映画運動が始まりました。『インベスティゲーション』のショーランナーであるトビアス・リンホルム監督は、この流れから来ているクリエイターです」
佐々木「そういう背景は知りませんでしたが、見ているうちに『これってドグマっぽいな』と思い、それが分かるとだんだん面白くなりました。近年は殺人鬼を主人公にしてその人物像を掘り下げる“殺人鬼スターもの”がまたブームになっていて、映画でもドラマでもドキュメンタリーでもよく見られますが、そうした作品へのアンチテーゼにも思えます。ところで、2回目にこのドラマを見た時に実際の事件についても調べたら、犯人の背景がとても面白かった。罪を犯す前からわりと有名な人だったようですね」
「ベンチャーの雄ですね。ロケットを作って飛ばそうとしたり、ノーチラス号という手製では当時最大規模の潜水艇を作ったり、それだけのことができる財力もあるという若くして成功した人です」
佐々木「それだけの人なのにドラマでは名前も出さないところに、製作陣の強い意志を感じますよね。だって、彼を掘り下げて面白くしようと思ったらいくらでも面白くできるわけですから」
「こうしたジャンルや事件ものに視聴者が一般的に望むのは『あの時、何があったのか』ということ。この事件で言うと『どうやって殺害がなされたか』ですが、そうした期待に対するものをほぼ得られませんよね」
佐々木「被害者である女性記者キムの両親と担当刑事である主人公イェンスとの交流を描きつつ、基本的には捜査側のディテールだけを徹底的に突き詰めています」
「『インベスティゲーション』はまさにタイトル通り、捜査そのものに焦点を置き、そこだけを淡々と描いた作品。この事件は日本人にあまり知られていないものの、デンマークの人たちなら誰でも知っている事件ですが、『よく知られていることは一切入れなかった。マスコミによって伝えられなかった事実を大切にフォーカスした』とリンホルム監督はインタビューで語っていました。そして、ドグマにのっとることで回想シーンもなく時系列を追いながら、時間の経過と共にどのように捜査が展開したか淡々と描写されます。その中で印象的だったのは、海洋の捜査の難しさ。8月なのに海が寒そうで(笑)」
佐々木「みんな長袖を着ていましたよね。ジャックステイ検索という独特の捜索で遺体や証拠品を捜していますが、これは時間もかかって本当に大変。普通の映画やドラマだと捜索シーンはサッと描いてしまいがちだけど」
「そうですね。バラバラにされた遺体の回収なんて話の展開上テンポよく描かれがちで、そういう局面を突き詰めた作品はなかなか見られませんが、このドラマでは第6話で非常に長い時間を使って再現しています。捜査方法はもちろんのこと、捜査に参加したダイバー本人が出演し、実際に使ったボートも撮影で用いられているんですよ」
佐々木「これはネタバレになるのかな? 捜査が終わって遺体も見つかり、イェンスが一人ひとりとハグするじゃないですか」
「言葉少なにね。アメリカの映画やドラマだったら、号泣しながらハグして感動的な音楽が流れるところでしょうが、この作品での描写はとても静か。そこがいいですよね」

見る者の想像力を喚起するディテール描写へのこだわり

佐々木「そういえば、この作品では音楽もほとんど流れませんね」
「既存の楽曲はもちろん使わず、盛り上げるけど盛り上げすぎない印象的な旋律でした」
佐々木「これもドグマイズムを感じました。厳密にはドグマで音楽を使ってはいけないんですが」
「音楽を手がけているルネ・トンスゴー・ソレンセンは現代の北欧フォークミュージックシーンの最先端にいる方で、デンマークの弦楽四重奏団のメンバーでもあります。YouTubeで検索するとたくさん動画が見られますが、こうした人選もスゴイ。また、撮影のマグヌス・ノアンホフ・ヨンクは、アンドリュー・ヘイ監督の『荒野にて』でも撮影を務めていた人。『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』というアラスカの自然を恐ろしく映していた映画も、ヨンクが撮影したんですよ」
佐々木「素晴らしい撮影でしたよね。僕もヨンクと組みたいです(笑)」
「『荒野にて』の孤独な少年が馬と砂漠を行くシーンは、本当に素晴らしかった」
佐々木「まさにドキュメンタリーのようでしたね。ドグマの手法はただ本物そのものを出すというより、リアリティを追求して観客とコミュニケーションを取っていくもので、このドラマもまさに観客の想像力を喚起させる手法としてディテールにこだわっています。犯人がどうではなく、事件そのものについて考えられるよう導く演出に感じられました」
「捜査員や刑事たちがやっていることは、まさにプロの仕事で心を打たれましたね。第1話、第2話、第3話と淡々と進んでいく中で、第4話から彼らの努力が1つずつ結果として表れていく。それが有罪の証拠にすぐ結びつかないというもどかしさもありつつ、リアリティを追求した作り方によってタメが効き、第4話以降は何かを成し遂げるたびにウルッとしてしまいました(笑)。良かった、ダメなんだ、それでも前進したかもしれない、また戻ってしまった…という繰り返しを全6話で体感させてくれ、グッときます」
佐々木「主人公のイェンス以外にもマイブリットという若い女性刑事やニコライやムサという部下が登場し、彼らの執念が実を結ぶわけですが、普通の映画だったら描かないようなミスも描いているんですよね」
「人間なら誰でもうっかりしてしまうような。少ない人数で捜査せざるをえない状況というのもあって、みんな家にも帰れてないし…」
佐々木「あと、被疑者と被害者がデキてたんじゃないかという噂があって、それを知った医師が調子に乗ってついた嘘まで捜査するという、回り道が多いドラマでもあります。初期のエピソードは特に。実際にあったんだと思いますが、そういうところまで描く作品は今まであまり見たことがないので面白かったです。でも、実際の警察の仕事はこういうことが多いんでしょうね」
「まさにそこはリアリティを追求したんでしょう。『インベスティゲーション』は、ポピュラーなジャンルである実録犯罪ドラマの新たな方向性を示した意欲作と言えますか?」
佐々木「そう思います。実験映画の世界ではわりと前から行われてきたことですが、それを現代にドラマとして昇華するのが新しいですね」
「犯罪ドラマというジャンルに適用するところも」
佐々木「はい。今の時代に警鐘を鳴らしているように受け取れました」
「私も同感です。ドグマがハリウッドのブロックバスター映画などへのアンチテーゼ運動だったのと同じように、動画配信サービスの加入者増加と合わせて人気のジャンル──実在の犯罪者や事件を描いたドラマの供給がどんどん増えている中、過激さや猟奇性を強調する作品も増えていることに対して『そのまま突っ走ってしまっていいの?』という問いかけを考えさせられます」

トビアス・リンホルム監督が人気ドラマ『マインドハンター』で残そうとした爪痕とは

「ちなみにリンホルム監督は、人気ドラマ『マインドハンター』のシーズン1で第5話と第6話の監督を務めていて、第6話は共同脚本も手掛けています」
佐々木「私も『マインドハンター』は大好きです。もともと製作総指揮を務めているデヴィッド・フィンチャー監督が好きで、彼の持ち味である本当と作りごとのバランス感覚のうまさがよく出ています。シーズンの中盤にあたるわりと重要なエピソードにリンホルム監督が抜擢されているのが面白いですね」
「『インベスティゲーション』を作るにあたってリンホルム監督は『犯人に興味はない』と明言していますが、一方で『マインドハンター』のように徹底的に犯罪者の心理をプロファイリングしていく作品にも参加している。あくまでエピソード単体での参加で、フィンチャーたちが作り上げた世界観の中でできることを追求していたわけですが、リンホルム監督が手がけたエピソードについてどう思いますか?」
佐々木「リンホルムが監督を務めていると聞いて改めて見直しましたが、基本的にはフィンチャーが作り上げた演出を踏襲しています。ただ、どこかで爪痕を残そうとしているのは感じられました。例えば、エピソードの時間が異常に短いところに」
「『マインドハンター』はだいたい各話45分程度なのに、第6話は30分くらいしかありませんでしたね」
佐々木「いろいろ爪痕を残そうと思って演出した結果、カットされたんじゃないかなと勝手に想像しています(笑)」
「何があったらこの短さになるのやら」
佐々木「第6話のテーマは“当時の常識にとらわれた人間たちへの挑戦”で、無知な人間に対して殺人鬼のことを伝えていくためプロファイリングに向かうという重要なエピソード。新たなドラマの見方を作り上げようとする『インベスティゲーション』にもつながるんじゃないかな。ちょっと無理やり感はありますが、リンホルムは常に新たな世界の扉を開けようという考えの持ち主で、そうした彼らしさが第6話に表れていた気がします」
「面白いですね。想像ではあるけど、ありえるかもしれません」

過去作から『インベスティゲーション』に通じるリンホルム監督の作風

「せっかくなので皆さんにもリンホルムの作品を見ていただきたいですよね。そうすれば『インベスティゲーション』にもつながるような作風も見えてくるし」
佐々木「私は『ある戦争』という作品を見たことがありますが、ドグマ95の手法を使ってリアリティを生み出す、戦争映画としてわりと新しい描き方でした」
「これは2015年という新しめの映画で、アフガニスタンの平和維持軍として参加していた兵士を主人公に、戦争の不条理に翻弄された兵士とその家族の物語をドキュメンタリータッチで描いた作品。『インベスティゲーション』のピルー・アスベックとソーレン・マリンが出演し、マグヌス・ノアンホフ・ヨンクも撮影監督として参加するという、まさに鉄壁の布陣でドグマ的世界を体現しています」
佐々木「リンホルムは『ある戦争』の前に『シージャック』という映画も作っています」
「リンホルムはトマス・ヴィンターベア監督と組んでいる作品も多いということもあり、デンマーク映画史の中で重要な位置にいますね」
佐々木「『シージャック』と『ある戦争』は実際にあった話ではないけど、リンホルムの演出とヨンクの撮影、そして編集がうまい。照明をあまり使わずカメラワークも不安定ですが、手持ちカメラで撮影した長回し映像を細かく切っていて、『こんなに短いのってある?』というカットを一瞬入れるような編集がけっこう多く、リアリティを出していました。特に『ある戦争』はそういう編集が目立ちましたね」
「そのあたりがドグマ的な特徴であり、『インベスティゲーション』にも通じるところですか」
佐々木「そうですね。リンホルムはヴェネツィア国際映画祭70周年を記念した70人の監督による短編『Venice 70: Future Reloaded』に参加していて、戦場を舞台に1シーン1カットで構成した2分余りの短い作品を撮っています。ウィキペディアではドキュメンタリーと書かれていますが、『実際にこんなの撮れるの?』という内容でドキュメンタリーには見えませんでした。この短編も『ある戦争』に通じるものがあるので、気になる方はYouTubeでぜひ見てください」
「もう1つ注目したいのが、脚本家でもあるリンホルムの“脚本力”。彼が脚本を手がけた『ある戦争』『エイプリル・ソルジャーズ ナチス・北欧大侵略』『偽りなき者』、最近だとアカデミー国際長編映画賞に輝いた『アナザーラウンド』を見ていくと、理不尽なことのせいで“言いたいことがあるけど声を上げられない普通の人たち”に視点が向かっているように感じられます」
佐々木「そうですね。個人の尊厳を描いている人だなという印象もあります。また、家族や他者など人と人との絆や、それが崩れた時の恐ろしさを、バーンという勢いではなく徐々にリアリティを感じさせながら見せる。それでも最終的に一筋の希望のようなものを提示してくれる。リンホルム自身が希望というものを信じている人なんでしょうね。彼のほとんどの監督作や脚本作を見て、そう感じました」
「『インベスティゲーション』は最初に潜水艇事件とは関係のない裁判があり、その殺人犯を有罪にできずイェンスは深い挫折感を味わいます。それとイェンスの家族の問題、さらに潜水艇事件の被害者の3つをうまくモチベーションとして絡め、イェンスは『何としてでも解決しなければ』と思いつつ、家族をないがしろにしてしまいます。『ある戦争』も、最初に部下が地雷を踏んでしまい上官が『部下を守らなければ』と思うわけですが、そのことが民間人を巻き込む空爆につながってしまうという点で、似たような作り方に感じられました」
佐々木「確かに言われてみると、構成は近いですね」
「リアルを追求した『インベスティゲーション』ですが、一方でうまくできたドラマでもありますね」

犯人側と捜査官側──同じ事件でも視点によって印象は大きく変わる

「実録犯罪ドラマには2つの視点があります。1つは犯人側、もう1つは捜査官側と、同じ事件でも違う視点から描いた作品はけっこうありますよね」
佐々木「その例として頭に浮かんだのは、あさま山荘事件を描いた『突入せよ!あさま山荘事件』と『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』です」
「ありましたね。原田眞人監督・役所広司主演の『突入せよ!あさま山荘事件』が警察側の視点で、若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』は事件の前段階で犯人たちがどうやって犯行に至ったか描いたもの。同じ事件だけどまったく違うアプローチですね」
佐々木「両方見ることで事件のあらましがよく分かった気がします」
「原田監督の作品では役所広司がとても味わい深く、キャラクター主導の刑事ドラマとしての面白さがあり、娯楽映画として分かりやすい作品に仕上がっています。一方、若松監督の作品はこれこそドキュメンタリータッチでしょうか。見ていて辛かったですが、リアルを追求した良い作品ですね」
佐々木「原田監督の作品ではほぼ犯人側が描かれず、最後にちょこっと出るくらい。ずっと監禁されていた人質役の篠原涼子さんが最後にチラッと出て、自分の名前を言うシーンがとても利いていたのをよく覚えています」
「徹底して捜査側から描いているという意味では『インベスティゲーション』にも通じますが、印象はまったく違いますよね。『インベスティゲーション』はイェンス捜査官の個性やキャラクター主導ではなく、本当に普通の人が淡々と職務をこなしている感じで」
佐々木「事件にのめり込むあまり娘との関係が悪くなり、ちょっとネタバレになりますが事件の解決後に娘との関係も好転するという、事件を通して絆が生まれていく描写もありました」
「家庭崩壊って“刑事あるある”ですよね(笑)。ドラマのデキる刑事ってだいたい家庭が悪くなっていく」
佐々木「『インベスティゲーション』の事件は全6話で半年間かな、イェンスが嫌われていく過程が描かれていて…」
「『昔からお父さんってそうだったよね』みたいなのも身につまされるというか(笑)。でもお父さんも頑張っているんだよと」
佐々木「こっちはイェンスが事件で頑張っているのを見ているから、娘には『分かってあげてよ』という気持ちになります」
「なりますよね。でも娘本人からすると『なんで』って思うし」
佐々木「妊娠して『孫ができたよ』って伝えているのに、事件の電話を受けて『ちょっと出てくる』とか、そういうところがね」
「娘がそういう状況だからこそ事件に思い入れてしまうのも、イェンスの人間らしさだと思います。結局彼はこの事件の後に刑事を退くわけですが、インタビューでイェンスは事件から学んだこととして『生きている間に自分のやりたいことをやり、愛する人たちと楽しむこと』という生きることの大切さを挙げていました。誰もが思う真理ではあるけど、このドラマを見た後にモデルとなった人が言ったと思うと、心に刺さるというか重く感じます」
佐々木「事件が解決した2018年に退職してるわけですから、思うところはありますよね。彼にとってこの事件はいろんな意味で大きかったんでしょうね」

見る人の想像力を信じるリンホルム監督の勇気

「他にも同じ事件を別の角度から描く作品はたくさんありますが、ドキュメンタリーを撮った監督がその題材を劇映画にするというパターンもありますよね」
佐々木「けっこうありますね」
「例えば、2019年に『殺人鬼との対談: テッド・バンディの場合』というドキュメンタリーを手がけたジョー・バーリンジャー監督は、ザック・エフロン主演で『テッド・バンディ』という映画も製作しています。私としてはザックのテッド・バンディは、カリスマ性のある犯罪者という意図は分かるけど、軽すぎるというか不思議な感じがしました」
佐々木「なるほど。余談ですが、2年前に公開した私の監督作で、生まれつき目の見えない男がSFアクション映画を作るというドキュメンタリー『ナイトクルージング』があるんですが、これを劇映画にしないかという話が来たんですよ。これを劇映画に? 面白いことを言うなと思いました」
「そういう発想もあるんですか」
佐々木「まあちょっと…と保留しましたけど、ドキュメンタリーから劇映画を発想するというケースは多いようですね。『ナルコス』という配信ドラマも最初にドキュメンタリーがあって、それ以外にも映画があった気もしますが」
「人気の題材ということでしょうか。私が印象深いのは、ポール・グリーングラス監督の『7月22日』と『ウトヤ島、7月22日』というノルウェー映画です。両作品が描いているのはとても悲惨な事件で、1人の人間が自分の思想によって若者たちを殺害して島に爆弾も仕掛けるというもの。グリーングラス監督はどう聞いてもおかしな犯人の主張をしっかり映し出すことにフォーカスし、一方の『ウトヤ島、7月22日』は犯人が銃で人々を乱射する中、犯人の姿は見えないけど銃声に追い詰められていく青少年の姿を延々と映しています。犯人の主張は描いていないけど、逃げ惑い恐怖におびえる子どもたちを見ているだけで『こんなことをやってはいけない。こんな犯人を許してはいけない』と思わずにいられません。今思うと『インベスティゲーション』もそのように、説明しないけど想像させることによって『犯人の名前を覚える必要なんてない。これは許されない犯罪なんだ』と強く伝えているところが似ているなと感じました」
佐々木「グリーングラスってドキュメンタリータッチでアクションを取る第一人者で、そこからグリーングラスっぽい映画が増えましたよね。『インベスティゲーション』もグリーングラスに近い感じがしますが、グリーングラスはもう少しアクション寄り。『インベスティゲーション』はそのあたりが抑えめで、作品のテーマとも合っています。本当はグリーングラスっぽくしたくなったと思うんですよ。そうした方が、淡々とした展開から娯楽っぽくなるので。でも、そうするとテーマからズレてしまうから、そこまでやらなかったんじゃないかな」
「あえて『インベスティゲーション』は楽しませようとせず、みんなが望むものではないものを選んだということですね」
佐々木「見ている人の想像力を信じているということでもあります」
「確かに、視聴者を信じている作品ですよね」
佐々木「作り手は観客とコミュニケーションを取りたいもので、リンホルムはそれを実践しているわけです。そういうことをドラマという形でさせてもらえることはなかなか少ないのですが、それを認めた製作側も素敵です」
「送り手が作り手を信用し、作り手も視聴者を信頼している──そうでなければ成立しない作品。とても研究しがいがあるドラマですね」
佐々木「本当にそう。だから何度見ても楽しめるドラマだと思います。ちょっと話は変わりますが、私の好きな映画に、永山則夫という1960年代の有名な射殺魔を描いた『略称連続射殺魔』があります。生まれてから捕まるまで行ったいろんな場所や、拳銃を警察官から奪うなどの生い立ちを巡っていき、永山則夫が見たかもしれない風景が並べられるんですよ。ナレーションで『永山則夫はここで生まれた』とか説明するだけで。これも観客の想像に任せているわけで、実際にその風景を彼が見たかどうか分からないけど、土地の力もあると思う。リアルとリアリティ、そして見る人のイマジネーションを使った特殊なドキュメンタリーで、この娯楽寄りが『インベスティゲーション』とも言えます」
「フィクションとしての完成度が高いけど、見る人を信用してイマジネーションを刺激するという…なるほど」

1回目は予備知識なし、そして事件の全貌を知ってから2回目を見ると面白さが倍増

「では最後に、『インベスティゲーション』の見どころポイントをお互いに出しましょうか。私にとってこの作品は“究極のお仕事ドラマ”。個人的な思い入れですが、SNS全盛の現代は声の大きな人の華やかな部分が目につきがちですが、『インベスティゲーション』の刑事たちの淡々としたプロフェッショナルな仕事ぶりというか、ドラマになったから注目されたけど普段は誰にも知られることのない人たちの姿を見ていると、自分にできることをコツコツやっていこうという気持ちになれました」
佐々木「冒頭でも言いましたが、私は何の予備知識もなくこの作品を見て、わりと捜査陣と同じような疑似体験をしました。捜査陣にとってもよく分からない不思議な事件じゃないですか。そうした疑似体験の中で彼らと一緒に捜査しているような気分になり、しかもドラマでは捜査の細かいところまで見せてくれる。そうした面白さをまず1回目の鑑賞で味わい、それから事件の全体像をインターネットなどで調べ、ドラマで描いているのは大きな出来事の断片だということを踏まえて2回目を見ると、より楽しめます。リンホルムがちゃんと断片を切り取ろうとしたこと、そして見る人のイマジネーションを信じてくれていたことも分かって、いっそう面白いですよ。一歩間違えると飽きてしまう作品かもしれませんが」
「一瞬、退屈に思う人も中にはいるかも」
佐々木「でもそうした退屈をギリギリ回避し、イメージとリアリティを見せることのバランスを取ることがとてもうまく、私はすごく面白かったですね。3回目も見ようかなと思っています」
「私も2回見ましたけど、『どうなるの?』と思いながら見る1回目と2回目とでは違いますよね」
佐々木「1回目は犯人の全貌が分からないので、犯人に対する憎しみは特にないんですよ。だから冷静に捜査を見ることができ、こういうジャンルではなかなかない体験でした」
「確かにそうですね。犯罪ドラマを見ていると『犯人が早く成敗されろ』という正義を振りかざしがちですが、この作品ではそれが回避できています」
佐々木「第1話では『早く犯人の全貌を見せてくれ』という気持ちがありましたが、だんだんそうじゃない部分を見せていってくれるんです」
「そういう作品ではないよと。だからこそ被害者女性の印象も残るし、彼女の名誉回復を大切にしようというリンホルムの心意気にグッときます」
佐々木「本当にこの作品は、掘っていけば掘るほど語れる作品ですね。まだ5本分くらいは語れそうです(笑)」
「確かに(笑)。機会があればぜひ伺いたいと思います。今日はありがとうございました」
『インベスティゲーション』
原題:THE INVESTIGATION
動画配信サービス スターチャンネルEX にて配信中!
©2020 Fremantle. All Rights Reserved.
(2021年8月)
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