STAR EX

観る。掘る。もっと。

映画をより深く楽しむための特集企画。
月替わりで、あまり知られていない傑作・名作の掘り起こしや、
なかなかお目にかかれなかったレアな逸品の掘り起こし特集などに加え、
これら作品の魅力を紐解き、深堀りするコラムほか特別企画なども展開し、
様々な映画の楽しみ方を探索していきます。

2023年3月
アカデミー作品賞を逃した傑作映画特集

見事アカデミー賞作品賞を受賞した作品もあれば、
惜しくも受賞を果たせなかった作品もある―。
今月は、作品賞にノミネートされながら惜しくも受賞を逃した傑作映画たちを特集放送!

放送作品ラインナップ

STAR13/10(金)13:00~ ~3/11(土)8:45~ 2日連続放送(全6作品)

  • ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

    ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

    3/10(金)午後 1:00 ほか

    2013年第85回ノミネート
    (受賞は『アルゴ』)

  • セッション

    セッション

    3/11(土)よる 11:30 ほか

    2015年第87回ノミネート
    (受賞は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』)

  • ドリーム

    ドリーム

    3/10(金)午後 3:15 ほか

    2017年第89回ノミネート
    (受賞は『ムーンライト』)

  • ゲット・アウト

    ゲット・アウト

    3/11(土)ひる 12:00 ほか

    2018年第90回ノミネート
    (受賞は『シェイプ・オブ・ウォーター』)

  • 女王陛下のお気に入り

    女王陛下のお気に入り

    3/11(土)午後 2:00 ほか

    2019年第91回ノミネート
    (受賞は『グリーンブック』)

  • フォードvsフェラーリ

    フォードvsフェラーリ

    3/11(土)夕方 4:15 ほか

    2020年第92回ノミネート
    (受賞は『パラサイト 半地下の家族』)

特集 深堀り解説コラム
最有力候補に勝った
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
(映画評論家・松崎健夫)
 2013年に開催された第85回アカデミー賞授賞式。司会を務めたのは、『テッド』(12)を監督したセス・マクファーレンだった。劇中、テディベア“テッド”の声を担当した彼の毒舌は、授賞式の場でも活かされたが、過激な発言が差別的とも解釈され賛否を呼んだ。それから10年の歳月が流れたものの余ほど懲りたのか、以来セスはアカデミー賞の司会を一度も引き受けていない(2023年現在)。今回の特集で放送される『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(12)は、第85回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、作曲賞、歌曲賞、視覚効果賞、音響編集賞、音響調整賞の11部門で候補となっている。沈没事故で遭難した少年・パイが、トラと共に救命ボートで大海原を漂流するという、奇想天外なこの映画が評価された要因のひとつに、3DやCGの表現が挙げられる。3Dで撮影された映画の製作は、『アバター』(09)をきっかけに増加。しかし製作費の高騰から、2Dで撮影したものを3Dに変換することで、予算を抑える作品が主流となる時期を迎えていた。3Dで上映される映画の本数は“3D特需”と呼ばれるほど右肩上がりだったが、2012年を境に横ばいとなり、やがてブームの終焉を迎えてゆく(日本では東日本大震災による興行的な影響も挙げられるが、ここでは問わない)。3D映画が人気を獲得してゆく潮流の中で製作が始まった『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、3D映画の人気が下降してゆく端境期に公開された映画だったのだ。

 海上での3D撮影が困難だと判断された『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、飛行場の跡地にスタジオを建設して、巨大なセットを組んで撮影されている。つまり、ほとんどの場面が実際の海ではなく、撮影用のプールに張られた水と、CGによる海面とを併用して描かれているのだ。また3Dの効果は、観客の視点がスクリーンの下部から上部へと移動する際に立体感が際立つという特性があるため、劇中では見上げるような構図が多いことも窺わせる。また、フルCGで表現されたトラの造形も、毛並みの繊細な描写が立体感を伴っていて見事だ。興味深いのは、トビウオが出現して救命ボートを飛び越えてゆく場面。ここでパイにぶつかるトビウオたちは、シリコーンで制作された擬似魚をスタッフが投げつけるというアナログな手法によるもの。また、画面を注視すると、なぜかスクリーンサイズがビスタサイズからシネマスコープサイズへと変化していることにも気付く。トビウオの大群が飛び交うショットの画面上部をよく見ていると、フレームから外れてマスク部分(テレビのモニター上では上下の黒い部分)にトビウオがはみ出ているのである。3D表現によって“飛び出して”見えるのではなく、実際にフレームから“飛び出して”いるのだ。『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、第85回アカデミー賞で視覚効果賞に輝いている。

 第85回アカデミー賞で最有力候補とされていたのは、残念ながら『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』ではなく、最多12部門で候補となっていたスティーヴン・スピルバーグ監督の『リンカーン』(12)だった。ノミネートの数だけでなく、『リンカーン』が最有力だとされていたことは、授賞式で作品賞の発表をするプレゼンターの人選にも表れていた。例えば、ジャック・ニコルソンやトム・クルーズなど、作品賞のプレゼンターは通常ハリウッドの大物映画人が担当することが慣わし。ところが、この年のプレゼンターは、映画業界とは関係のないミシェル・オバマ大統領夫人(当時)だったのだ。ホワイトハウスとの中継をつないで、彼女が作品賞を発表するという趣向。言うまでもなく、『リンカーン』の主人公である第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンは、“奴隷解放の父”と呼ばれる人物。授賞式では「黒人初の大統領となったバラク・オバマがいるホワイトハウスから、リンカーンを描いた映画を製作した映画人にオスカー像を渡す」という演出が画策されていた。つまり、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、『リンカーン』が作品賞を受賞すると予想していたというわけなのだ。ちなみに、リンカーンを敬愛するバラク・オバマは、リンカーンが大統領就任式へと旅立ったルートを踏襲すべく、列車でフィラデルフィアからワシントンへ出発。途中、わざわざボルチモアへ立ち寄ったという逸話まである。

 ところが、作品賞を受賞したのは大穴の映画。イランのアメリカ大使館人質事件を描いた『アルゴ』(12)だった。この逆転劇の背景には、監督をしたベン・アフレックが、監督賞の候補から漏れたことに対する同情票が集まった結果だったと分析されている。のちに、ホワイトハウスから作品賞を発表するというアイディアは、大物プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインと彼の娘によるものだと報道された。自明のことだが、ワインスタインは#MeToo運動を機に起訴され、現在は獄中にいる。セクハラ報道を受けて、オバマ夫妻が「非常に嫌悪感を抱く」と声明を出したことは、なんとも皮肉だ。アカデミー賞授賞式は、映画会社の思惑や映画芸術アカデミーの意図が働くため、長らく“出来レース”だと揶揄され続けてきた。しかし、意図とは異なる『アルゴ』が第85回の作品賞に輝いたり、『ラ・ラ・ランド』(16)と一度は発表されながらも、実際には『ムーンライト』(16)が作品賞に輝いていたという第89回の前代未聞の珍事などによって、奇しくも“ガチレース”だと証明されたという経緯がある。ちなみに、第85回の監督賞に輝いたのは、最有力だった『リンカーン』のスティーヴン・スピルバーグ監督ではなく、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』のアン・リー監督。しかも、『ブロークバック・マウンテン』(05)に続く2度目の受賞だった。さらに、最多候補だった『リンカーン』を抑えて最多4部門での受賞も果たしている。とどのつまり、第85回アカデミー賞授賞式における真の勝者は、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』だったというわけなのである。
【出典】
・「Life of After Pi」 https://youtu.be/9lcB9u-9mVE
・AFPBB NEWS https://www.afpbb.com/articles/fp/2559566
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