歴史劇の新たな地平を切り拓く『メアリー&ジョージ 王の暗殺者』、その革新的でクィアな挑戦とは?(文/セメントTHING)
ジュリアン・ムーアとニコラス・ガリツィンが共演し、17世紀に“英国一の美男子”と呼ばれた初代バッキンガム公の栄光と転落を描く史実ミステリー『メアリー&ジョージ 王の暗殺者』を、ライターのセメントTHINGさんに徹底解説していただきました。
17世紀イングランド、ジェームズ1世が統治するジャコビアン時代。美貌に恵まれた青年ジョージ・ヴィリアーズは、野心を燃やす母・メアリーによって、王の愛人となるべく宮廷へ送り込まれる。彼は寵臣として出世することに成功するが、血なまぐさい権力闘争にも巻き込まれ……
『メアリー&ジョージ 王の暗殺者』(以下『メアリー&ジョージ』)において目立つのは、過激なまでの現代性だ。多様なセクシュアリティが当たり前に表現され、Fワードを交えた罵倒が飛び交い、直接的な性描写や残酷描写が頻出する。画面はこだわり抜かれた豪華絢爛さだが、登場するのは生々しい欲望にまみれた人物ばかり。「歴史もの」と聞いて観客が想像するイメージとはまるで対極にある作品だ。
歴史劇にモダンな描写を取り込み、観客の意表を突くアプローチは、近年ますます増えてきた。そのなかで今作に近い作例は『女王陛下のお気に入り』(2018)があげられる。エゴイスティックな人物、パワーゲームの場となる王室、そこに絡むクィア描写は、『メアリー&ジョージ』にも共通している。
だが『メアリー&ジョージ』はその流れに連なる作品ではありながらも、同時によりあけすけで強烈な描写を行うことで、ジャンルの境界線をさらに押し広げた印象だ。
それに大きく貢献しているのが、『キリング・イヴ/Killing Eve』にも参加したD.C.ムーアの脚本である。彼が造形したメアリーとジョージという人物は、どちらも唯一無二の個性の持ち主だ。
まず野心家の母・メアリー。このドラマを動かすのは国王でも息子でもなく、彼女の富と権力へのあくなき渇望だ。
女性の権利が著しく制限される時代に生まれながらも、メアリーはどの人物より大胆不敵な存在である。ジョージを利用し、男性権力者たちをものともせず政治的剛腕をふるう。彼女もまた、冷徹な権力者の一人なのだ。
そしてメアリーが娼館で目をつけ腹心としたサンディと愛人関係になる点も注目したい。これは王とジョージの愛人関係と相似形を成すが、同時に彼女にとって同性であり身分の低いサンディとの繋がりは、男性社会や階級社会の否定を意味している。彼女は自身の欲望に正直であることで、結果的に抑圧へと反逆する。それゆえ彼女の振る舞いは倫理的には肯定できずとも、応援したくなるような不思議な求心力がある。
一方でメアリーの「武器」として王室へ差し向けられるジョージはといえば、登場からしばらくは周りからいいように扱われる青二才にすぎない。自身の男性と女性双方への欲望に目覚めつつ、それに対し決定権をもっているのは母親であり、国王を筆頭とした権力者だ。彼は望むと望まざるとにかかわらず、生き残るため性を道具として使わざるをえない。家長の命令に翻弄され、そのあり方を男たちに左右されるジョージ。彼は権力の中枢に位置する男性でありながら、性的主体性を他者に剥奪されているという、独特な立ち位置をもつキャラクターだ。
出世のため、子どもを支配し利用する親。この構図だけならよくある設定かもしれない。だがそれが強権的な父と哀れな娘ではなく、強権的な母と哀れな息子なのが新鮮だ。
さらにそんなユニークな母と子のパワーバランスが歴史劇の中でクィアに展開するとなると、類似する作例はほぼないだろう。『メアリー&ジョージ』の脚本はこのように、独自性の高い人物造形をもって、ジャンルにおける新しい地平を切り拓く。
またそんな人物たちの魅力を際立たせるのが、シリーズの監督、オリヴァー・ハーマナスによる演出だ。黒澤明のリメイク『生きる LIVING』(2022)をカズオ・イシグロと手掛け、日本にも名を轟かせた彼。けれど彼の本領は、むしろ本作のほうにあるだろう。
南アフリカ出身の監督は『Skoonheid』(2011・未)『Moffie』(2019・未)などで、ゲイ男性と同性愛嫌悪、「美」が生み出す呪い、彼らが直面する暴力と社会の関係などについて率直に描いてきたことで、国際的な評価を集めてきた。
それを踏まえると、ジョージは非常に監督らしいキャラクターであるといえる。容姿のため他者の欲望に翻弄され、自身のクィアな指向に気づき、揺らぎながら変化し成長する。ジョージのセクシュアリティを巡る前半の描写の丁寧さには、監督の揺るぎない視線が感じられる。クィアで暴力的だが、同時に繊細な舵取りが要求されるこのドラマを、彼は巧みに乗り切っている。
またジュリアン・ムーアとニコラス・ガリツィンの演技も見逃せない。
ジュリアン・ムーアは、メアリーという人物に恐ろしくも優雅な気品を与え、複雑なニュアンスに富んだ演技を披露している。メアリーは残酷ではあるが、怪物ではない。彼女は息子を道具としてみているが、愛してもいる。予想外の不意打ちに心の平衡を崩すことさえあるのだ。そのめくるめく感情の動きを、ムーアは何気ないセリフや立ち振舞を通し、実に細やかに演じている。
多くの作品で極限の精神状態を表現してきたその佇まいには、有無を言わせぬ迫力がある。大胆さと繊細さを絶え間なく行き来するムーアは、この役柄を見事に体現している。
そしてニコラス・ガリツィンも絶妙なキャスティングだ。『シンデレラ』(2021)の王子役に抜擢、その後も『アイデア・オブ・ユー 〜大人の愛が叶うまで〜』(2023)などロマンス映画における相手役が続くニコラス。だが彼は自分に向けられる視線を、逆手に取る役柄も演じてきた役者である。
『ボトムス 〜最低で最強?な私たち〜』(2023)は好例だ。ここで彼は「人気者のイケメンで、アホすぎるクオーターバック」という自分自身を笑い飛ばすかのようなキャラを怪演。『ぼくたちのチーム』(2016)『赤と白とロイヤルブルー』(2023)では、自身への期待ゆえゲイであることを明かせない悩みを持つ人物を演じている。見た目によって判断される空虚さや、非規範的なセクシュアリティをもつ人物を演じることを通し、彼は演技者としての幅広さを証明してきた。
そしてジョージは、ニコラスがいままで演じてきた役の要素を全て備えた、現時点での集大成のような役柄である。振り切った表現を果敢に演じつつ、クィアな人物を丁寧に演じられるのは、これまでの経験あってこそ。
『メアリー&ジョージ』はこの二人がいてはじめて可能になったドラマなのだ。
最後にオリバー・コーツの音楽の魅力にも言及したい。クラシックの素養がありつつも、エレクトロニック・ミュージシャンとしてアルカやミカ・レヴィとも仕事をしてきた彼。その作風はクラシックとモダンが溶け合う『メアリー&ジョージ』の世界にぴったりだ。
実際、彼の音楽は目まぐるしい本編の展開にも負けない、多彩なスタイルとサウンドの宝庫である。優美なオーケストラの響きが展開した直後にきらびやかなシンセサイザーが炸裂し、アンビエント~ドローンのような曲も顔を出す。歴史劇や抗争劇、クィアなメロドラマにダークなコメディ。様々なジャンルが混沌と混じり合う作品を支える、自由奔放な魅力に満ちた仕事だ。
まさに規格外の制作陣が集結したドラマ『メアリー&ジョージ』。観客の予想を裏切り続ける筋書きはスリルたっぷりで、その獰猛な推進力には目が離せなくなることうけあいだ。野蛮で残酷、危険で官能的な世界に、どうかじっくりと浸ってみてほしい。
メアリー&ジョージ 王の暗殺者
ドラマ公式ページ:https://www.star-ch.jp/drama/maryandgeorge/1/
▼放送
<字幕版>10/8(火)より 毎週火曜よる11:00 ほか
<吹替版>10/10(木)より 毎週木曜よる11:00 ほか
※10/5(土)午後3:15 吹替版 第1話 先行無料放送
▼配信
<字幕・吹替版>9/18(水)よりスターチャンネルEXにて 毎週水曜1話ずつ配信
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0D9D52MV7/
<ストーリー>
17世紀、エリザベス1世から王位を継承したジェームズ1世が統治するジャコビアン時代イングランド。地主階級ながら野心的なメアリー・ヴィリアーズは、暴力的な夫や質素な暮らしに嫌気がさし、容姿端麗の次男ジョージをフランスに送って、裕福な女性と結婚する社交術を習得させようとする。しかし国王ジェームズ1世が若い男性に目がないことを知ると、息子を国王の愛人にし、権力と富を手に入れるという大胆な計画を企てる。フランスから帰国したジョージは、母の導きのもとに数々のライバルを蹴落とし、ジェームズ1世の寵愛と信頼を得て、「バッキンガム公爵」として王政を司る枢密院メンバーにまで上り詰める。一方、自らも上流貴族と再婚したメアリーは、陰謀や策略を張り巡らし、ジョージと共に富と権力と称号を手に入れる。ヴィリアーズ家は宮廷で最も影響力のある一家に成り上がっていくが、政治家のフランシス・ベーコンら政敵との権力争いや敵国スペインとの確執など、彼らの成功を阻む問題が浮上するなか、次第にメアリーとジョージが対立し…。
ハッシュタグ:#メアリーアンドジョージ #メアジョ #ジュリアンムーア #ニコラスガリツィン #インティマシーコーディネーター
<著者プロフィール>
セメントTHING(ライター)
福岡県出身・在住のライター。専門分野は映画、ボーイズラブ、欧米ポップミュージック、クィアカルチャーなど。