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『一発逆転のディベートレッスン』運命のパスポートになる「言葉」の力(文/林瑞絵)

解説記事

2022.11.25

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 老舗フランス映画会社Pathéの作品群の中から、映画ジャーナリストの林瑞絵さんに劇場未公開作品など日本では観る機会が限られていた映画9本を選んでいただき、スターチャンネルEXにて配信いたします。フランス在住の林さんが、現地での評価も踏まえてピックアップした、ここでしか観られない珠玉の作品群をこの機会にぜひご覧ください。

 これにあわせ、配信作品の中からカメリア・ジョルダナとダニエル・オートゥイユが出演する『一発逆転のディベートレッスン』(監督:イヴァン・アタル)について、選者である林さんご自身に解説頂きました。ぜひ作品とあわせてこちらもお楽しみください。

目次

人気の“雄弁コンクール”が映画に

 近年フランスでは弁論大会に似た「雄弁コンクール(Concours d'Eloquence)」の人気が高い。もともと弁護士の卵が裁判所内で定期開催しているが、2010年代から行政系グランゼコールのパリ政治学院が同コンクールを企画し大成功。現在は高校や大学、ビジネススクールに至るまで、その知的な楽しみの輪が広がっている。「Concours d'Eloquence」とは辞書で「弁論大会」と書かれていることがある。だが、主張される内容が重要な「弁論大会」に対し、「雄弁コンクール」はどちらかというと「説得の技術」を競うもの。言葉をプラトン的に真理を導き出す道具として使うよりは、説得の技によって相手を打ち負かす知的なゲーム、あるいは感覚的には格闘技やスポーツに近いのかもしれない。
 そして、この流行に後押しされて作られた2本の映画が、ともに秀作で話題となった。一つは雄弁コンクールに挑む学生を追いかけたドキュメンタリー『À voix haute(大きな声で)』(2017年)。舞台はパリ郊外サン・ドニ市パリ第8大学主催のコンクール。ステファン・ドゥ・フレイタスとラジ・リの共同監督だが、ラジ・リが『レ・ミゼラブル』(2019年)で成功をおさめる前に手がけた異質のバンリュー(郊外)映画という意味でも注目だ。
 そして、この流行に後押しされて作られた2本の映画が、ともに秀作で話題となった。一つは雄弁コンクールに挑む学生を追いかけたドキュメンタリー『À voix haute(大きな声で)』(2017年)。舞台はパリ郊外サン・ドニ市パリ第8大学主催のコンクール。ステファン・ドゥ・フレイタスとラジ・リの共同監督だが、ラジ・リが『レ・ミゼラブル』(2019年)で成功をおさめる前に手がけた異質のバンリュー(郊外)映画という意味でも注目だ。
 もう一本が今回紹介する『一発逆転のディベートレッスン』(2017年)。監督は俳優出身で、監督としても活躍するイヴァン・アタル。日本では彼の妻で女優のシャルロット・ゲーンズブールが主演の『ぼくの妻はシャルロット・ゲーンズブール』(2001年)、『フレンチなしあわせのみつけ方』(2004年)などの監督作が紹介された。長編監督作の7本目にあたる『一発逆転のディベートレッスン』は、現在のところ彼の最高作品と断言したい。今回は本人が俳優として参加せず、演出に集中できたのも功を奏したのだろうか。本国では100万人を超える大ヒットを記録した。
一発逆転のディベートレッスン

一発逆転のディベートレッスン

 主演はカメリア・ジョルダナとダニエル・オートゥイユ。1992年生まれのジョルダナはアルジェリア系フランス人で、歌の新人発掘番組出身。新世代の歌姫として名高く、2015年の同時多発テロの犠牲者追悼式典の代表歌手となった。近年は女優としての活躍が目覚ましいが、この『一発逆転のディベートレッスン』の出演でセザール賞最優秀新人女優賞を獲得し、有名俳優の仲間入りを果たした。一方のダニエル・オートゥイユは1980年代から映画界で活躍する名優で、フランス映画ファンにはよく知られた存在。『愛と宿命の泉』『八日目』『あるいは裏切りという名の犬』『隠れされた記憶』など、代表作には事欠かない。ただし、フランス映画史に残るメガヒット作『ようこそ、シュティの国へ』と『最強のふたり』の出演オファーを蹴っており、「もったいない」との声も。この『一発逆転のディベートレッスン』の出演で、久々に存在感ある名優ぶりをアピールした。

『最強のふたり』的味わいの現代版『マイ・フェア・レディ』

 本作はこの新旧スターがW主演となり、顔を合わせ火花を散らす様子が見どころのひとつ。ジョルダナは弁護士を目指し名門大学に入学したアラブ系の女性ネイラに、オートゥイユは彼女の授業を受け持つ法学教授のピエールに扮する。映画はネイラが校舎で迷ってしまい、授業に遅刻するシーンから始まる。授業をしていたピエールは、こそこそ入ってきた新入り生徒の姿を見逃さない。大勢の学生の前で差別すれすれの言葉を投げかけ、彼女を侮辱する。この振る舞いを問題視した大学は、償いとしてピエールにネイラの雄弁コンクールの指導をするよう申し付ける。こうして二人の距離は縮められ、波乱含みの個人レッスンが始まる。
一発逆転のディベートレッスン

一発逆転のディベートレッスン

 シニカルで人間嫌いのエリート法学教授と、郊外出身の移民3世世代の女性の出会い。異なる立場の二人を対等に見つめる映画の構成は、大ヒットを記録したエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュの『最強のふたり』(2010年)に似ている。気難しい金持ちと黒人青年ドリスが出会う『最強のふたり』もまた、違う世界に住む人間の出会いのドラマだった。
 また、本作は若い女性が教育を施されることで社会階層が変わることを示唆する側面があり、オードリー・ヘプバーン主演の『マイ・フェア・レディ』(1964年)を少し彷彿させる。ネイラはパリ郊外クレテイユ市の団地に住むアルジェリア人移民の子孫。口の利き方や洋服の着こなしがバンリュー風で、当然ピエールは気に入らない。ただし、本作は「若い女性が年上男性から学ぶだけ」という形は周到に避けている。それは現在の映画ファンの感覚とも合致しないことだろう。ピエールは常に自己正当化を考えるという職業病や、孤独からくる人間不信のせいで、かなりひどい振る舞いをすることもあり、彼もまた人生を学ぶ発展途上の人間として描かれる。二人の主人公はぶつかりながらも互いに刺激を受け、結果的に高め合ってるという意味で、公平な視点が保たれた現代的な作品と言えよう。
一発逆転のディベートレッスン

一発逆転のディベートレッスン

監督の実人生と重なるドラマ

 本作は監督のイヴァン・アタルが持ち込まれた脚本を読み、自身の境遇と重ねドラマを血肉化したものである。たしかに彼の実人生は、ネイラの境遇と近しいものがあるのだ。アタルはアルジェリア系ユダヤ人で、ネイラのようにパリ郊外のクレテイユで育った。俳優を目指し演劇学校に入り、その流れから映画の制作スタッフに加わり、俳優デビューのチャンスを掴んだ。エリック・ロシャン監督の『愛さずにいられない』(1989年)の出演で、セザール賞最優秀新人男優賞を獲得。映画で共演したシャルロット・ゲーンズブールとは1997年に結婚、それをネタに映画を撮るという図太さもある。今やフランス映画界のセレブだが、彼が自らの努力と意志により、運命付けられた社会階層の場所を変える姿は、ネイラのドラマと重なる面がある。
 さて、フランスの移民2世・3世にとって、荒廃した郊外の町から抜け出す方法の一つが「サッカー選手になること」であるように、どうやら「言葉」もまた、自分の運命を変えるパスポートになり得るようだ。『一発逆転のディベートレッスン』の中において、その「言葉」とは雄弁術であり、アタルの場合は演技をする時に体に染み込ませた演劇や映画のテキストだったのかもしれない。
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